鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

社長の話は社員にとっては『朝礼朝改』

[要旨]

コンサルタントの徳谷智史さんによれば、社長と社員の間で、前提となる情報に差があるにもかかわらず、社長は1から10まで全部を説明することなく、結論だけを伝えることがあり、その結果、社員は飛躍した結論だけを耳にすることになるので、両者の間で誤解が生まれてしまうことがあるそうです。そこで、これを防ぐには、社長は、少なくとも、幹部社員には、自分が今どういった背景で何を考えているのかを伝え、社長の発言の背景やプロセスを理解して言語化し、さらに、それを社員に伝えてもらうようにするとよいということです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、徳谷智史さんのご著書、「経営中毒-社長はつらい、だから楽しい」を読み、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、徳谷さんによれば、会社経営者は、常に意思決定をしなければならず、さらに、その結果は社内外に大きなインパクトを与えることから、意思決定することを躊躇する経営者も少なくありませんが、だからといって、意思決定を先延ばしにすることの方が事業に与える損失が大きくなることから、失敗を恐れず、迅速な意思決定を繰り返すことによって、その精度を高めていくことが大切ということについて説明しました。

これに続いて、徳谷さんは、せっかく社長が迅速の意思決定をしたにもかかわらず、部下たちから朝令暮改と思われてしまわれないようにするにはどうすればよいかということについて述べておられます。「自身の嗅覚やアンテナによって、自分の判断を見直し、柔軟に速やかに変えていく。これも社長に求められる、とても大事な能力です。朝はX案でいくと言っていたのに、夕方になったらやっぱりY案でいくと言い始め、たちまち業務が振り出しに戻る……。

そんな社長の朝令暮改に苦しめられたことのある人は少なくないでしょう。そんな人でも、自分が社長になったら、朝令暮改をするようになるものです。下手をすると、“朝令朝改”することも……。もっとも、私は、社長の朝令暮改は悪いことではない、と考えています。朝に、『現状のまま進める』と指示を出したとしても、昼に入ってきた新しい情報によって、『やはり変えた方がいい』と判断することは、経営において、時には必要だからです。一方で、社員からは、朝令暮改と勘違いされているケースもあります。

例えば、社長は、『Aをきちんと行った後に、Bをしよう』と考えているのに、社員には、『朝の時点ではAをやるぞと言っていた社長が、夕方にはBをやると言い出したぞ』と捉えられているのです。こういったことが起きるのにも、構造的な理由があります。社長と社員の間で、前提となる情報に差があるにもかかわらず、社長は1から10まで全部を説明することなく、結論だけを伝えると、社員は飛躍した結論だけを耳にして、両者の間で誤解が生まれてしまうのです。これを防ぐには、きちんと情報共有をするしかないのですが、アップデートされる内容を含めて、すべての情報を社員に説明することはなかなか難しい。

そこで必要になるのが、社長の『翻訳機能』を担う存在です。信頼するキーマンに情報伝達を担ってもらうのです。社長は、少なくとも、キーマンには、自分が今どういった背景で何を考えて、結論が変わったのかを伝えるようにして、トップのそばにいるキーマンは、発言の背景やプロセスを理解して言語化し、社員に行動してもらえるように伝えて行くわけです。キーマンが社長の翻訳機能としての役割を果たせれば、少なくとも社員から、『社長は朝令暮改だ』と揶揄されることは少なくなるはずです」(320ページ)

徳谷さんは、社長が従業員からみて朝令暮改に見えることがあるという点から問題点をご指摘しておられますが、これは、会社内のコミュニケーション不足が発生したときに(というよりも、コミュニケーションが十分な状態ということは滅多にないと思いますが)、これをどう解消すべきかということだと思います。これに対して、徳谷さんは、キーマンに自分の考え方を常に伝えておくことをお薦めしておられます。この方法は有効な方法だと私も考えるのですが、私は、もっと根本的なところで経営者の方が意識を高めなければならないと考えています。

というのは、経営者の方(だけに限りませんが)は、自分が考えていることは、周りの人たちも理解してくれていると勘違いしやすいということです。徳谷さんがご指摘された、従業員の方は、社長が朝令暮のようなことを言っているように見えるというのも、社長は、自分の考えていることは従業員の方も分かっていると考えているという思い込みがあるからだと思います。さらに、もうひとつの要因として、経営者の方と従業員の方とでは、入手できる情報の量に格差があります。

従業員の方は、一般的に、自分の担当業務を中心に仕事をしていますが、社長は会社全体を見て活動をしているわけですから、その格差があることは当然です。また、社長は、立場として、経営判断のための情報収集に時間を割くことができますが、従業員の方は、担当する仕事を終わらせるために全力を注いでいますから、ますます、その差は大きいと言えます。それにもかかわらず、経営者の方が、1から9の説明を省いで、10だけを従業員の方に伝えれば、従業員の方が消化不良になったとしても不思議ではありません。

もちろん、従業員の方も、自分の担当業務だけに偏ることなく、会社全体を俯瞰して仕事に臨むことは大切ですが、それには限界があります。では、その情報の格差をどのように埋めればよいのかということですが、それは、徳谷さんがご提案したように、キーマンに翻訳機能を担ってもらうということが、一つの方法でしょう。その他にも、毎月、できれば毎週、30分程度でも時間をとって、社長の考えていることを伝える場をつくろということも効果があると思います。

ただ、繰り返しになりますが、社長と従業員の間での情報格差は、どうしても避けることができません。その一方で、経営者の方は、その情報格差があることを前提とせずに、従業員の方に指示や方針を伝えたりすることが多いので、会社内に混乱が起きてしまいます。したがって、経営者の方は、組織の3要素の一つであるコミュニケーションは、強く意識していなければ不十分になってしまうということを認識していなければならないと、私は考えています。

2024/10/5 No.2852