鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

ビジネスモデルよりも『社長の本気』

[要旨]

コンサルタントの徳谷智史さんによれば、投資家やベンチャーキャピタルが創業初期の会社に出資をしようとするときは、ビジネスモデルよりも、起業家本人を評価しているそうです。すなわち、創業初期の会社の事業は変化していくことが多いので、経営者の本気度、志、ブレがないかという経営差者の能力に投資をしているということです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、徳谷智史さんのご著書、「経営中毒-社長はつらい、だから楽しい」を読み、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、起業して間もない経営者が、目先のお金につられて、自分たちとは考え方が異なる投資家やベンチャーキャピタル(VC)から資金調達したために、後になって揉めることがあるので、出資相手を選ぶ際は、慎重に決定しなければならないということについて説明しました。

これに続いて、徳谷さんは、投資家が、創業初期の会社に出資をするときは、出資する会社のビジネスモデルではなく、起業家本人を評価しているということについて述べておられます。「優良な投資家やベンチャーキャピタルには、数多くの起業家が出資を求めて集まります。そうであれば、自分自身が、素晴らしい投資家に選ばれるような起業家である(少なくともあろうとし続ける)ことは必要不可欠です。

実は、投資家が、SEED(シード)と呼ばれる創業初期のスタートアップを評価する基準は、ビジネスモデルよりも、圧倒的に『起業家』本人です。『この人は本気なのか』、『本当に目指している世界があるのか』、『しんどいときにブレないか』といった志の部分を見て、『人』に投資をしているのです。結局、事業はピボット(変化)していくことが多いので、初期の会社ほど、人で判断するというわけですね。

武勇伝を語るつもりは毛頭ありませんが、私も出資して、後に世界を代表するような企業を育て上げたある起業家は、創業初期はご飯が食べられなくて、ファーストフードの残飯を食べるくらい切り詰めていたそうです。(それを推奨しているわけではもちろんありません。)実際に、彼はどれほどの苦労があっても決して諦めず、事業の転換を繰り返していました。『それだけの苦労を重ねてでもこの事業をやり遂げる』といった強い想いがないと、投資家も貴重な自分の(もしくは他者から預かった)お金を出そうとはしない、と考えた方が良いでしょう」(64ページ)

徳谷さんの、「創業初期のスタートアップを評価する基準は、ビジネスモデルよりも、圧倒的に『起業家』本人」というご指摘は、特に説明をする必要はないでしょう。起業時に事業計画は必要ですが、起業してからでなければわからないことも多いため、起業した社長には、不測の事態に対処できる能力が、極めて重要だからです。そして、このような考え方は、私が銀行に勤務していた経験から、銀行の創業融資の審査についても共通するものであると考えています。

ところが、これも、私が起業しようとする経営者の方のお手伝いをしてきた経験から感じることは、創業融資を受ける時に、できればコンサルタントなどに代わって説明してもらいたいとか、経営者が説明しなければならないことは理解できるが、なるべく説明時間や説明回数は少なくしたいと考えている経営者の方が少なくないということです。当然、そのような姿勢の経営者に対しては、銀行は、事業内容の前に、経営者の管理能力に疑問を感じ、融資審査に悪い影響が出てしまいます。これに対して、「銀行に対して自社の事業内容を説明できない人が、起業して事業を成功させることができると考えることがあるのか」と疑問を持つ方もいるかもしれません。

でも、起業しようとする人の中には、成功すると思って起業するというよりも、起業することが決まっている(または、目的になっている)方や、会計リテラシーはないけれど、売上を得られる自信があるので、銀行にはとにかく融資だけして欲しいという方もいます。このような方が、起業すると、必ず失敗してしまうと言い切ることはできませんが、経営環境の変化が激しい時代は、事業そのものよりも管理能力の重要性の比重が高いので、計画性に欠ける企業は、すぐに失敗してしまうか、一時的に成功しても、それを継続させることは難しいと、私は考えています。

話を戻すと、事業活動は、経営者だけでなく、銀行、株主、従業員、仕入先、販売先など、多くのステークホルダーの協力を得て成功するものです。したがって、経営者には、ステークホルダーへのアカウンタビリティ(説明責任)が求められます。この、アカウンタビリティを果たすという作業は、負担が大きいということは事実です。でも、事業活動は組織的活動であるわけですから、経営者はアカウンタビリティから逃れることはできません。

さらに、繰り返しになりますが、徳谷さんもご指摘しておられるように、創業したばかりの会社に対しては、投資家や銀行は、事業そのものよりも、経営者の能力に関心が大きいということです。したがって、経営者のアカウンタビリティは、誰かに代わってもらうこともできないのです。一方で、これも繰り返しになりますが、私がこれまで中小企業の事業改善のお手伝いをしてきた経験から感じることは、起業しようとする経営者の方の多くは、事業活動にばかり注意が向いてしまい、銀行や投資家などのステークホルダーからの協力を得るための活動には関心が薄いと感じています。

2024/9/18 No.2835