[要旨]
コピーライターの川上徹也さんによれば、かつて業績不振だった旭山動物園は、行動展示という手法で業績を回復させた面がありますが、そのことよりも、業績を回復させるために、お金のないところから出発して飼育係がさまざまな工夫を重ねたというストーリーが顧客の支持を得たと分析することができるということです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、コピーライターの川上徹也さんのご著書、「価格、品質、広告で勝負していたら、お金がいくらあっても足りませんよ」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、上野動物園のようにパンダなどの“目玉商品”がいないため、かつて、集客に苦しんでいた北海道旭川市の旭山動物園が、「行動展示」という方法で入場者を増加させ、現在の入場者数は上野動物園に肉薄しているそうですが、このように、目玉商品がなくても、動物の見せ方で顧客の支持を得ることが可能になるということについて説明しました。
これに続いて、川上さんは、旭山動物園の人気が上昇した要因は、行動展示を行ったことよりも、飼育係の人たちが懸命に動物園を盛り上げていこうとしているストーリーだということについて述べておられます。「旭山動物園がここまで人気を集めている本当の理由は、『行動展示』ではなく、この人の心を動かす『ストーリー』だと思うのです。
(以下、小菅正夫著『旭山動物園革命』からの引用)『危機感を抱いたスタッフは、ことあるごとに集まり、勉強会を重ねました。そして、“動物が本来もっているイキイキした魅力のある姿をもっとお客さんに見てもらおう”という結論に達しました。しかし、できることは限られていました。まずやったのは、飼育係が動物舎の前で、自分の担当する動物の説明をするという“ワンポイントガイド”でした。(中略)
続いてやったのは、動物舎の前に“手書きPOP”をつけること。普通の動物園ならば、プレートに印刷したものが普通ですが、予算がなかったので、そうせざるを得なかったのです。(中略)さらに、旭山動物園は、色々な試みを仕掛けていきます。“夜の動物園”、“動物園のバックステージツアー”、“旭山動物園ニュースの創刊”(中略)などなど。いずれも、できるだけお金をかけずに智恵を出すことで実行できるアイディアでした。
また、そのような取り組みを重ねていくうちに、飼育係たちの意識が変わってきました。“こういう風にすればいいのに”というアイディアが出てくるようになり、夜な夜な“理想の動物園”についての話し合いが行われるようになったのです。“こういう施設だったら、もっと動物のイキイキした姿が伝わる”というアイディアをみんなで出し合い、スケッチにまとめました。スケッチに描かれた動物たちは、イキイキ躍動していました。
数年後、旭川市の市長が代わり、公約のテーマパークの代わりに、動物園の改修費に充てることが検討されました。市長に呼ばれた園長は、みんなで話し合った“理想の動物園”の構想を、2時間ぶっ通しで喋り続けました。心を動かされた市長は、予算をつけることを約束。そこから、スタッフたちが思い描いた理想の動物園のスケッチがひとつひとつ実現していき、人気動物園と飛躍していくのです』(引用終わり)
旭山動物園の今があるのは、施設が回収され、『行動展示』が行われているから、だけではないことがわかっていただけたと思います。そしてこのストーリーが、前述した『ストーリーの黄金律』にかなっていることも。どん底から、スタッフが日本一の動物園という目標に向かって、色々な障害を乗り越えて並んでいく、という人類共通の感動のツボを押すストーリーがあるからこそ、マスコミもこぞって取り上げ。このような大人気の動物園が誕生したのです」(51ページ)
このストーリーの成功事例で、私が他に思い浮かべる事例は、山口県萩市にある萩大島船団丸です。萩大島船団丸は、萩市浜崎萩商港の北約8キロメートルの日本海に浮かぶ島である、大島の漁師がとった魚を、直接、消費者に販売するという6次産業化の事業なのですが、その6次産業化をリードしたのは、福井県福井市出身の、当時、23歳の女性の坪内知佳さんだったという側面も大きいと思います。ちなみに、坪内さんが書いた、「ファーストペンギン-シングルマザーと漁師たちが挑んだ船団丸の奇跡」という本は、テレビドラマ化され、多くの人が知ることになりました。
そして、この坪内さんが6次産業化に積極的に取り組んだ背景のひとつには、坪内さんや、坪内さんのご子息はアレルギーがあり、かつては魚は食べられなかったそうですが、大島で獲れた魚は新鮮で食べることができたため、アレルギーを持っている人にも安心して魚を食べてもらえる仕組みをつくりたいという思いもあったようです。とはいえ、旭山動物園や萩大島船団丸のような「ストーリー」をすべての会社がつくることは、頭で考えるほど簡単ではないかもしれません。
でも、私が知っている会社の事例では、「糖尿病予備軍の方にも安心して食べてもらえる低糖質パンを開発して販売する事業」、「小麦アレルギーの人が食べられるグルテンフリーの米粉スパゲティを開発して販売する事業」、「従業員に残業をさせないために、1日、100食しか食事を提供しないレストラン」、「食品ロスを出さないために、日持ちするパンを開発し、また、販売数を絞りこんで製造、販売するパン店」、「子どものころ、自分の父親が経営していた会社が倒産したことから、倒産する会社を減らすための助言ができる専門家として活躍しようとしている税理士」、「かつて、ワーカホリックに陥り、家庭を顧みなかったために、妻から離婚を切り出された経験から、不幸な家庭を増やさないようにしようとしている心理セラピスト」などなど、たくさんのストーリーの事例があります。
ストーリーは、フィクションでつくってはいけませんが、ご自身の仕事やこれまでの生き方を「棚卸」すると、効果的なストーリーが思い浮かぶかもしれません。そして、現在は、そのストーリーを見込み顧客に伝えることで、自社の競争力をより高めることができる時代であると、私は考えています。
2024/9/13 No.2830