[要旨]
コピーライターの川上徹也さんによれば、一般的な農法で栽培されたリンゴ、まわりの葉をとらずに栽培し、果実に栄養をいきわたらせたリンゴ、木村秋則さんが育てた奇跡のリンゴがあった場合、多くの人が奇跡のリンゴを選んで買おうとすると思われますが、これは奇跡のリンゴには心を動かされるストーリーがあるからだということです。
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今回も、前回に引き続き、コピーライターの川上徹也さんのご著書、「価格、品質、広告で勝負していたら、お金がいくらあっても足りませんよ」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、川上さんによれば、日本で一般的に売られている商品は、品質にそれほど差はないので、“厳選された素材”、“こだわりの製法”などといった抽象的な形容詞で表されるような売り文句では、顧客の心を突き刺し、気持ちを動かすことはできないため、具体的に頭に浮かぶような物語性を示す必要があるということについて説明しました。
これに続いて、川上さんは、川上さんの指すストーリーについて、詳しくご説明しておられます。「リンゴがA、B、Cの3つ置いてあるとします。あなたは、『どれかひとつすきなリンゴを選んでください』と言われました。それぞれのリンゴに何の説明もありません。だとしたら、リンゴに詳しい人以外は、普通は見た目のよさとかで選んでしまいますよね。ところが、それぞれのリンゴに、こんな説明が書いてあったらどうでしょう?(A)どこにでもあるごく一般的な農法で育てたリンゴです。(B)まわりの葉をとらずに栽培し、果実に十分な栄養をいきわたらせたリンゴです。
そうすると、見た目は少し悪くなりますが、断然、甘くおいしくなるのです。(C)『奇跡のりんご』でおなじみの木村秋則さんがつくったリンゴです。木村さんは、絶対に不可能と言われていたリンゴの無農薬無肥料栽培を、8年の歳月をかけ、長年の極貧生活と周囲からの孤立を乗り越えて、試行錯誤の末に、ようやく実現しました。答えはかなり変わってきたと思います。天の邪鬼でAなんて言う人もいるかもしれませんが、多くの人はCを選んだのではないでしょうか?続いてBですよね。それはなぜでしょう?
よく読んでいただければわかりますが、Cのリンゴは品質について何も語っていません。味がおいしいかどうかもわからないのです。なのに、一番食べてみたいなと思うのはC。ここでは、価格のことは触れていませんが、恐らくCのリンゴは、AやBの何倍のお金を出しても食べたいという人は多いでしょう。Cには心を動かされるストーリーがあるからです。おいしいおいしくないということを超越して、あの木村秋則さんがつくったリンゴだったら、どんな味なのだろう、ぜひ食べてみたいと思うのが人間なのです」(43ページ)
日常で、私たちがリンゴを食べるときは、食事のデザートやおやつとして食べるということが一般的でしょう。すなわち、リンゴは食品として購入されることが通常です。しかし、「奇跡のりんご」を食べたいと感じたとき、それは食事をしたいからと言えるかというと、そうではないと思います。「あの木村秋則さんが育てたりんごはどんな味がするのだろう」という興味を満たすために買って食べるのだと思います。すなわち、「奇跡のりんご」は食品としてではなく、「『奇跡のりんご』を食べる体験」として購入されるということです。
したがって、リンゴを販売しようとするとき、食品として販売していれば、価格や品質での競争をしなければなりません。でも、リンゴにストーリーを添えて、顧客が得る体験、すなわち顧客体験として販売することができれば、競合するライバルは少なくなります。ただ、現実には、「奇跡のりんご」のようなストーリー性の高い商品はそれほど多くないので、ストーリーのある商品の多くは、「珍しい食べ物を食べる経験」というような位置づけで販売されるということが多いでしょう。
例えば、麺や野菜の量が多い「ラーメン二郎」は、食事をするというよりも、「名物ラーメンを、1時間近く並んで入店し、上手に注文ができて、さらにそれを残さず食べ切って、知人にも自慢できる体験」をするという動機で食べる人が多いと思います。すなわち、ラーメン二郎は、食事をするという面もありますが、それよりも、普段はできない体験をえることができるところが顧客から支持されていると思います。したがって、自社商品の競争力を高めるためには、最早、品質がよいことは当然であり、さらにどういう顧客体験価値を提供できるのかというところに着眼しなければならないと、私は考えています。
2024/9/11 No.2828