鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

『私の成功』ではなく『私たちの成功』

[要旨]

ドン・キホーテ創業者の安田隆夫さんによれば、経営者の自我が強いうちは、会社の業績は上向かないそうです。なぜなら、経営者が、「俺が、俺が」と、自分の成功だけを考えていると、従業員は、「何であなたの金儲けに、私たちが協力しなきゃならないの?」と考え、誰も協力してくれなくなるからだそうです。そこで、経営者の方は、自我を抑制し、自分の成功ではなく、従業員の方たちの成功を考えるようにならなければ、会社は大きくならないと述べておられます。


[本文]

今回も、前回に引き続き、安田隆夫さんのご著書、「運-ドン・キホーテ創業者『最強の遺言』」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、一般的には小売業の独自性と拡張性は相容れないものの、ドン・キホーテでは、権限委譲によって両者を同時に実現したそうですが、事業の現場に権限委譲をするということは、経営者にとって経営権を手放すということでもあり、安田さんもこれを実行するときは逡巡したものの、経営の要諦は、独自性と拡張性の両者を実現させることだと考え、権限委譲を行うことを決断したということについて説明しました。

これに続いて、安田さんは、経営者は従業員の成功と幸せを願わなければならないということについて述べておられます。「多くの経営者にとって、『経営権の放棄』は絶対にあり得ない選択のように思えるだろう。とりわけ中小企業の経営者たちは、いずれも、ゼロから会社を立ち上げ、必死になって育ててきた。自己を無にして権限を委譲するというのは、今までとエネルギーの使い方がまったく異なるので、それを同一人物がやるというのは、かなり難しい作業になる。

だが、経営者の自我が強いうちは、個人の運も組織の運も、決して良くなることはない。『俺が、俺が』と、自分の成功だけを考えていると、従業員は誰も協力してくれなくなるのだ。言ってしまえば、『何であなたの金儲けに、私たちが協力しなきゃならないの?』という話である。とりわけ、我々が携わる小売業の仕事は楽ではない。店主の金儲けのために、身を粉にして働けるわけなどないではないか。

少なくとも、人が集まる会社においては、『自分(経営者)の成功と幸せ』を、『私たち(社員)の成功と幸せ』という複数形にしなければ、決していい運はやって来ない。(中略)経営者の成功を優先する会社と、経営者が節度を持って自己を抑制する会社、どちらが社員の満足度が高いかと言えば、後者に決まっている。経営者が自己抑制的にならないと、組織の運は良くならないし、とりわけ中小企業から大企業への脱皮は難しい。

偉そうに語ってきたが、私も20代、30代の若かりし頃は、自己を抑制できていなかった。常に、『俺が、俺が』と、自分のことばかり考えていたのだ。そのせいで、従業員とも信頼関係が結べず、何度も煮え湯を飲まされた。例えば、『泥棒市場』の時代は、従業員による不正が横行していた。金はなくなるわ、商品はなくなるわで、『泥棒市場』が泥棒にあったようなものだった。レシートとレジの合計金額を突き合わせてみると全然合わないのだが、そこでクビにすると、従業員がいなくなって困るから、仕方なく雇い続けていたこともあった。(中略)

そんなこんなで、若い時の私は、とにかく運に見放されていた。流れが来ても、『個運』止まりで、『集団運』にまで昇華しなかったのである。毎日のように、『こんな仕事、早くやめたい』と思っていた。ちょうどその頃、不動産業界はバブルに沸いており、『今からあっちに行こうか』と迷ったこともある。ところが年をとっていくと、だんだん自我が弱まるものだ。

自己分析をしてみると、私自身が人間として、また経営者として目に見えて伸びたのは、50歳を過ぎてからだったと思う。自分に囚われなくなってから、風向きが変わったのだ。当社が『集団運』を発揮して、単なる急成長から、中長期的な大成長へと向かい始めたのも、やはりその頃からだった。私はちっぽけな身を捨てることで、年商2兆円規模の国際流通企業という莫大な果実を手に入れた。『個運』を『集団運』に転化させるコツは、『私の成功』ではなく『私たちの成功』を目指すことなのである」(173ページ)

今回の安田さんのご指摘は、感情の問題なので、論理的な説明をする必要はないと思っています。安田さんも述べておられるように、「ゼロから会社を立ち上げ、必死になって育ててきた。自己を無にして権限を委譲するというのは、今までとエネルギーの使い方がまったく異なるので、それを同一人物がやるというのは、かなり難しい作業になる」ということは、容易に理解できます。

すなわち、何もないところに苦労してレールを敷いて、ようやく事業を軌道に乗せることができたら、今度は、自分ではなく従業員にレールに載ってもらい、その従業員に権限を渡して事業を進めてもらうということをしなければならないとすれば、「ここまでの苦労は何だったのだ」と思いたくなることは当然だと思います。そして、安田さんご自身も、「20代、30代の若かりし頃は、自己を抑制できていなかった」と述べておられるように、自分の感情を抑えて部下に権限委譲することは、簡単なことではないようです。

でも、それができなければ、「中小企業から大企業への脱皮は難しい」と安田さんは述べておられます。そして、繰り返しになりますが、経営者の方が自己抑制するかどうかは、経営者の方の感情の問題なので、最終的にはそれを決断するかしないかに帰結します。もちろん、このような自己抑制を求められる経営者の方は、大きな人間性が必要になることは言うまでもありません。したがって、私は、安田さんを始め、自己を抑制して事業を発展させている経営者の方たちをとても尊敬しています。

2024/9/2 No.2819