[要旨]
ドン・キホーテ創業者の安田隆夫さんによれば、多店舗展開をしようとしたとき、ドン・キホーテの特色である圧縮陳列などのノウハウについて従業員たちに説明したもののても、まったく理解されなかったそうです。そこで、従業員たちに権限を委譲することにしたところ、従業員たちは自ら考え、判断し、行動し始め、勤勉かつ猛烈な働き者集団と化し、いつの間にか圧縮陳列や独自の仕入れ術を会得していったそうです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、安田隆夫さんのご著書、「運-ドン・キホーテ創業者『最強の遺言』」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、安田さんによれば、夏の高校野球の地区大会で、月並みなチームなのに、番狂わせ的に甲子園への出場権を手にする例は、何らかのきっかけでチームの全員が、「みなでやってやろうぜ」と盛り上がり、その熱量が最高潮に達して化学反応を起こし、「1+1」が「3」にも「4」にも「5」にもなり、本来の実力をはるかに上回るような力が発揮されることがあり、それは「集団運」が作用した例だということについて説明しました。
これに続いて、安田さんは、権限委譲によって会社の「集団運」を高めてきたということについて説明しておられます。「ドンキ創業期の私は、圧縮陳列やPOP洪水などのディスプレイはもとより、商品の仕入れまですべて自分一人で何とかして、どうにか繁盛店を築き上げた。しかし、当然のことながら、店が繁盛すればするほど、一人では回すことが出来なくなっていく。まして、多店舗化を目指すならなおさら、他人の手を借りなくてはならない。
だが、従業員たちに圧縮陳列のことを説明しても、まったく理解されることはなかった。私は完全に行き詰って頭を抱えた。自分だけではどうにもならないし、周りに頼れる人間もいないという、不運のドン底に突き落とされたのである。そこで考えたのが、『不運の最小化』だった。ここは下手に悪あがきをせず、自己を無力化し、ピンチが過ぎ去るまでひたすら耐えることにしたのだ。そうして実行に移したのが、現場社員への『権限委譲』だった。ところが、思わぬことが起こった。従業員たちは、権限を委譲されたことで、自ら考え、判断し、行動し始めたのである。
彼らは勤勉かつ猛烈な働き者集団と化し、いつの間にか圧縮陳列や独自の仕入れ術を会得していった。結果として、私が一人で築き上げたスタイルが、従業員たちによって拡大生産され、ドンキが急速に多店舗化していくことにつながった。これは紛れもなく『幸運の最大化』に他ならない。権限委譲はドン・キホーテに『コペルニクス的転回』を与えたと言える。まさに天動説から地動説へ、万事の見方が180度変わるインパクトを生み出し、それが大強運への出発点となったのだ」(161ページ)
権限委譲をしたら、部下たちが能動的に行動し、安田さんと同じノウハウを身に付けるようになったという事例は、夢のようなことだと思います。ただ、私は、どんな会社でもこのようなことが起きるとは考えていません。なぜなら、組織の習熟度が高くないと、権限委譲だけをしてみても、その権限を使って、従来は権限の制約でできなかった仕事をやってみようとする従業員の方は、なかなか現れないからです。
では、組織の習熟度が低い会社はどうすればよいのかというと、私は、QCサークル(小集団活動)をつくって、サークル活動による改善を体験してもらうことをお薦めします。QCサークルでは、テーマに沿った改善項目に対して、自ら解決方法を考え、実践し、そしてその結果の効果を実感するという経験を通して、従業員の方たちが能動的な行動をするようになります。このQCサークルについては否定的な意見もありますが、ドン・キホーテは権限委譲によってコペルニクス的転回が起きたという実績を見れば、QCサークルは決して否定的にとらえるべきではないと、私は考えています。
そもそも、QCサークルに否定的な方は、おそらく、QCサークルそのものに否定的なのではなく、効果が得られるまで時間や労力を要するからだと思います。だから、QCサークル以外に、もっと手っ取り早い方法があるのではないかと思い、QCサークルに消極的になるのだと思います。しかし、従業員の方が一晩で「勤勉かつ猛烈な働き者集団」に変わるようなうまい話は存在しないでしょう。すなわち、手っ取り早く従業員を勤勉かつ猛烈な働き者集団にしたいと経営者の方が考えているとしたら、それは、単に経営者の方が、人材育成スキルがなく、ないものねだりをしているに過ぎないのです。
2024/8/30 No.2816