[要旨]
ドン・キホーテ創業者の安田隆夫さんによれば、かつて、安田さんは、「成功して認められたい」など、自分のことしか考えていなかったところ、部下たちから自分だけよい思いをしたいという魂胆を見透かされ、事業がうまくいかなかったそうです。そこで、「どうしたら従業員たちを幸せにすることができるのか」を考え、提案を続けていった結果、次第に事業も上手く回り始めたということです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、安田隆夫さんのご著書、「運-ドン・キホーテ創業者『最強の遺言』」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、安田さんによれば、ドン・キホーテが、2007年に、約100億円という巨額損失を抱えていた長崎屋の買収をしたときは、銀行や役員・幹部も反対していたそうですが、安田さんはそれらの反対を押し切った結果、同社では、それをきっかけに、M&Aを繰り返しながら、様々な経験やノウハウを積み上げてきた結果、想定外の事態が発生しても、余裕を持って対処できるようになったということについて説明しました。
これに続いて、安田さんは、経営者は我欲を消して経営に臨まなければならないということについて述べておられます。「若い頃の私は、とにかく自分のことしか考えていなかった。『早く金持ちになりたい』、『成功して認められたい』という思いが前面に出ていたように思う。従業員には、『皆さん、頑張ってね、成果を上げてくれたら給料は弾むから』とは言うものの、自分が儲けたいという魂胆が見え見えだった。しかし、これではうまく行かない。私は、日夜、従業員の問題に悩まされるようになった。
例えば、頼りにしていた人間がある日突然辞めて、後から調べてみると、彼による社内不正が大量に発覚したとか、ライバル店に移籍していたとか、とにかくそんなことの連続だった。これは『主語の転換』ができずに失敗する典型例である。『自分の夢を叶えるために従業員を使う』という考え方をしている限り、良い人材は集まってこないし、むしろ人が逃げていくばかりだ。私はある時から自らの姿勢を反省し、我欲と自我を一切消し去り、働く人たちの立場で経営を考えるようになった。『どうしたら従業員たちを幸せにすることができるのか』ということを一生懸命考え、彼ら彼女らに提案を続けていった。すると、次第に事業も上手く回り始めたのだ」(128ページ)
安田さんは「主語の転換」という言葉を使っておられますが、これは安田さんの造語のようで、「相手の立場になって考え、行動する」という意味のようです。そして、安田さんがご指摘しておられる、「自分の夢を叶えるために従業員を使う」ということは、安田さんだけでなく、私も含め、多くのビジネスパーソンが、無意識のうちに、そのように考えてしまっていると思います。また、このような人は少ないと思いますが、「自分の経営方針に間違いはないのだから、部下たちは自分の指示に従ってさえいればいい」と考えている経営者の方もいるようです。
もちろん、そのような独りよがりの経営者の経営する会社は、これからの時代は、業績はよくなっていくことはないでしょう。逆に、安田さんは、「『どうしたら従業員たちを幸せにすることができるのか』ということを一生懸命考え、提案を続けていったら、次第に事業も上手く回り始めた」と述べておられます。ところが、安田さんのように、我欲を捨て、従業員の立場で考えるということが重要ということは、頭では理解できても、それを実践することは難しいということも事実だと思います。
なぜなら、「せっかく相当の準備をして、また、一人でリスクを背負って起業したのに、起業したら、今度は従業員の立場で経営を考えなければならないのだったら、何のために起業したのか分からない」と、普通の人なら考えてしまうでしょう。しかし、VUCAの時代は、どのような事業をするかよりも、どのように組織をマネージするのかが、業績の差になって現れる時代です。ですから、経営者の方は、ますます、組織のマネジメントに軸足を置き、注力しなければならなくなっています。そうなると、繰り返しになりますが、社長は従業員の視点から経営に臨まなければなりません。
これはよいか悪いかではなく、21世紀の経営者は、マネジメントスキルを問われている時代であるということが、所与の条件となっていると受け止めるしかないのだと思います。もちろん、安田さんのように、それを実践できる経営者の方は、割合としてはあまり多くはないと思います。だからこそ、経営者として成功するということは、それだけやりがいの大きいことであり、成功した経営者は、大きな称賛を受けるべき立場にあると私は考えています。
2024/8/25 No.2811