[要旨]
ドン・キホーテ創業者の安田隆夫さんによれば、早く成功にたどり着くためには、挑戦する回数を増やすことが基本ですが、その回数を増やすためには、迅速に撤退の決断をする必要があります。そこで、あらかじめ「失敗の定義」を決めておくと、失敗を恐れずに次の挑戦に向かっていくことができるようになるということです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、安田隆夫さんのご著書、「運-ドン・キホーテ創業者『最強の遺言』」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、ビジネスで「大勝ち」することが難しい要因のひとつは、人は負けることに敏感、すなわち、損失回避バイアスがある一方で、勝つことには鈍感、すなわち、機会原価を発生させてしまうからということについて説明しました。
これに続いて、安田さんは、あらかじめ「失敗の定義」を決めておくと、撤退の決断を行いやすくなるということについて述べておられます。「意欲的でチャレンジフルな人生を送る人ほど、当然ながらトライ(挑戦)が多くなる。トライの数に比例するように、エラー(失敗)の数も多くなるが、それはさほど大きな問題ではない。肝心なのは、失敗したときにいかに手仕舞うかだ。撤退の判断を下すためには、『どこまでいったら失敗と見なすのか』、失敗の定義をあらかじめ決めておくべきである。
つまり、『何億円以上の赤字が出たら、潔くこの事業から撤退する』、『ここまではやってみて、結果が出なければ諦める』という『ロスカットルール』の明確化だ。自分の中でこのルールがきちんと定まっていれば、失敗などをまったく恐れるに足らず、臆せずに次の挑戦に向かっていけばいい。よく、『成功のシナリオを描くことが重要』と言われるが、成功は結果論なのだから、そのシナリオを描いてもまったく意味がない。見切りの判断基準となる『失敗のシナリオ』を描くことこそが、成功へと繋がる必勝法なのだ。
ここまで述べてきたロスカットルール、失敗の定義やシナリオなどはすべて『再挑戦』のためにあるということを強調したい。新たなる業態開発は、10の挑戦、いや、100の挑戦で1つか2つ当たればいい方である。大切なのは、傷を大きくしないうちの見極めと見限りだ。早期撤退を断行するからこそ、次の挑戦が可能になる。当社の過去には、そんな業態開発の失敗例が、数え切れないほど転がっている。再挑戦を繰り返すことが、運を引き寄せ、大輪の成功の花を咲かせる唯一の道である。見切りには千両の価値があるが、再挑戦には、その10倍となる万両の価値があるのだ」(67ページ)
安田さんの、撤退の意思決定を迅速に行い、一刻も早く再挑戦を行うことが大切ということは、ほとんどの方がご理解されると思います。しかし、多くの経営者の方は、頭では理解できても、それを実践できないことが現実のようです。これについて、私が、これまで中小企業の事業改善のお手伝いをしてきて感じることを2つあげたいと思います。1つ目は、中小企業の場合、自社の事業について固定的であるということです。すなわち、自社の事業は1つに決まっているという会社は、仮に、失敗しそうになっても、変えることがない状態にあるということです。
ただ、中小企業の場合、経営資源が少ないことから、事業を変えることも難しいという現実がありますので、その場合は、事業領域を変えるという方法があります。例えば、東京都台東区にあるビニール傘の製造をしているホワイトローズという会社は、1本1万円以上する高級ビニール傘の需要を開拓し、従業員数が10名に満たない会社で年商約1億円を得ています。このように、既存の仕組みを使いながら、新たな需要を掘り起こすことも可能です。
2つ目は、中小企業の場合、土俵際に追い込まれて、ようやく改善に着手するという経営者が、意外と少なくないということです。これは、「会社の倒産などは、自社に起きることはない」といった慢心か、「正常性バイアス」のようなものがあるからではないかと思います。そして、そのように考える経営者ほど、自社がピンチになったとき、「銀行はどしゃぶりのときに傘をとりあげる」とか、「中小企業が苦しんでいるのに、必要な支援策を打ってくれない」といった不満を訴えます。もちろん、銀行や政府は、可能な限り中小企業の支援を行うべきですが、それは中小企業経営者自身が当事者意識を持って先頭に立って改善策を進めることが前提です。
もちろん、当事者意識をもって、常に事業の改善に取り組んでいる経営者が最も多いと私は感じていますが、当事者意識があまり高くない経営者の方も、現実に一定数存在すると、私は感じています。話を安田さんのご指摘の戻すと、経営環境の変化に応じて事業活動も改善をしなければならないということは、ここで改めて述べるまでもありません。そこで、それが、適時に、かつ、適切に行うことができるよう、撤退の意思決定が迅速に行えるようにしておくことが、長期的な発展のための鍵になります。これを言い換えれば、経営環境の変化に対応できる体制が整っていない会社は、淘汰されてしまうことになるでしょう。
2024/8/22 No.2808