鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

意思決定の質と実行の質の掛け算

[要旨]

冨山和彦さんによれば、日本型のすり合わせ文化、ボトムアップ型の経営プロセスは、現在は大きな弱点を露呈しているそうです。すなわち、ムラ型共同体的な特質の強い日本企業は、本能的に共同体内の不協和音を嫌うため、大きな意思決定ほど関係者の意見を丁寧にすり合わせながらコンセンサスの形成に時間をかけがちですが、今やそこにかける時間が、企業の戦略行動に致命的な遅れをもたらす場合が少なくないということです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、冨山和彦さんのご著書、「結果を出すリーダーはみな非情である」を読んで、私が気づいたことについて説明したいと思います。前回は、冨山さんによれば、雇用は企業の重要な存在意義のひとつであるものの、雇用を守ることを戦略上の第一の目的関数にした瞬間、経営は合理性を失い、競争に敗れ、最後は雇用を最も大きなかたちで失うことになるため、長い目で見て雇用を最大化したいなら、まずは経済性、市場、競争に関わる冷静な事実に基づき、合理的に発想するところからスタートしなければならないということについて説明しました。

これに続いて、冨山さんは、現在は、かつての日本の会社のような擦り合わせを通して行う意思決定は避けなければならないということについて述べておられます。「企業が戦略行動をとるにあたり、どのように意思決定を行い、それをいかに組織全体の行動として行きわたらせるかというのは、大きな問題である。言い換えれば、企業組織の意思決定能力と権力作用に関わる『会社のかたち』(コーポレート・アーキテクチャー)の問題と言える。そして今、ミドルマネジメント世代も含めたすべての日本の企業人が問われているのは、従来のカイシャという『会社のかたち』が、このままでいいのかという命題である。

前にも触れたが、経営のパフォーマンスは意思決定の質と実行の質の掛け算であり、全社は、組織として合理的な決定を的確なタイミングで下せるか、後者は、いわゆる現場力の問題となる。現代のように不確実性が高く、いろいろな危機が頻発する時代においては、後者よりも前者で企業間の格差がついてしまう時代である。繰り返しになるが、日本型のすり合わせ文化、ボトムアップ型の経営プロセスは、今や大きな弱点を露呈している。ムラ型共同体的な特質の強い日本企業は、本能的に共同体内の不協和音を嫌うため、大きな意思決定ほど関係者の意見を丁寧にすり合わせながらコンセンサスの形成に時間をかけがちでもある。

うまくまとまれば実行可能性は担保されるし、緻密なすりあわせで見事な製品やサービスをつくり上げることができる。しかし、今やそこにかける時間が、企業の戦略行動に致命的な遅れをもたらす場合が少なくないのだ。特に共同体内部に大きな犠牲者を伴うような意思決定---典型的には大きくて歴史のある事業から撤退する決断は困難を極め、メリハリのない戦略行動を繰り返した揚げ句に、企業全体が深刻なダメージを受けてしまう。カネボウが祖業である繊維事業からの撤退を先送りしていたのと同じドラマが再現されるのである。結局、大変な損失を出し続け、ほぼ負け戦が確定し追い詰められてから、『やむを得ない』と決断する。

前にも述べた半導体や液晶(薄型テレビ)における敗北の歴史は、まさにこのパターンの繰り返しだ。恐らく、すべての意思決定が3年から5年ずつ遅れていったのだろう。ITや携帯端末の世界でも、AppleやSAMSUNGに世界を席巻された背景には、総合化した日本の電機メーカーが、『捨てられない』がゆえに、迅速かつ苛烈な『集中』(資源あるいはビジネスモデルの集中)ができなかったことがある。『わかっちゃいるけどやめられない』のは、経営者の資質以上に、会社の権力構造に問題がある。すなわち、ガバナンス構造に関わる制度面(ハード)、組織構成員全体の行動様式(ソフト)の両面において、もっと根本的な会社の有り様が問われているのである」(199ページ)

冨山さんは、「ムラ型共同体的な特質の強い日本企業は、本能的に共同体内の不協和音を嫌うため、大きな意思決定ほど関係者の意見を丁寧にすり合わせながらコンセンサスの形成に時間をかけがち」とご指摘しておられますが、これは、社内での合意形成を得やすいというプロセスでもありますが、その反面、責任の所在が曖昧になる方法であると、私は考えています。少し意地悪な言い方になりますが、ボトムアップで意思決定をすれば、経営者は責任を免れると考えている面もあると思います。しかし、意思決定のプロセスがどのようなものでも、経営者は「結果責任」を免れることはありません。もちろん、ボトムアップで決めたことが正しかったということもあるし、トップダウンで決めたことが間違っていたということもあります。

しかし、経営環境が、日進月歩、ドッグイヤー、マウスイヤーで変化している現在は、冨山さんがご指摘しておられるように、意思決定に時間をかけてしまうと、カネボウのようになりかねないということも、考慮しなければなりません。その点では、現在は、トップダウン型の意思決定が向いていると言えるでしょう。繰り返しになりますが、ボトムアップトップダウンのどちらが正しいかという議論ではなく、適時に正しい意思決定を行うには、トップダウンがより適切ということです。そして、意思決定は、どのようなプロセスで行っても、必ずしも、正しい結果に至るとは限りません。そうであれば、迅速な意思決定によって、早く結論に至ることの方が賢明であると、私は考えています。

そして、私がこれまで中小企業の事業改善のお手伝いをしてきた経験から感じることは、明確な因果関係を示すことはできないのですが、意思決定を頻繁に行っている経営者の方が経営する会社ほど業績がよいということです。これも、繰り返しになりますが、経営者の方が行う経営判断は、常に正しいとは限りません。しかし、受動的ではなく能動的に意思決定を行う方が、成功する確率が高くなるのではないかと思います。また、仮に成功する確率が変わらないとしても、意思決定の頻度が多ければ、修正できる機会が増え、早く成功に近づくことができるようになるのではないかと、私は考えています。

2024/8/6 No.2792