[要旨]
冨山和彦さんによれば、企業再生の現場では、論理的に考えて会社は生き残れないという状況では、事業を切り捨てる、資産を売却する、従業員に早期退職してもらうといった辛い判断をしなくてはならないにもかかわらず、経営者が情緒的になり、そのような判断を先延ばしにする、すなわち、従業員や利害関係者からの批判を避ける判断をしてしまい、結果、事業を行き詰らせてしまうことが多いそうです。したがって、経営者は、論理的に判断できるよう、訓練しておかなければならないということです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、冨山和彦さんのご著書、「結果を出すリーダーはみな非情である」を読んで、私が気づいたことについて説明したいと思います。前回は、冨山さんによれば、かつての日本では、経済全体としては資本主義であるものの、会社の中では社会主義的な仕組みで動いましたが、これは、労働集約型の産業構造だったためにうまく機能していましたが、その後、産業構造が変わってきたため、従来の制度を維持しようとすれればミスマッチが起きてしまうので、従業員の方たちも、産業構造に合わせた能力を身に付けなければならなくなってきているということについて説明しました。
これに続いて、冨山さんは、経営者には合理的思考を貫くことが求められるということについて述べておられます。「私は数多くの企業再生の現場に立ち会ってきたが、会社がつぶれるときも多くの場合、経営判断を情緒的直感に委ねている。論理的に考えてこのままだと会社は生き残れないという後のない状況では、古くからの事業を切り捨てる、虎の子の資産を売却する、あるいは従業員に早期退職してもらう、といった辛い判断をしなくてはならない。その判断のもと、実行に移そうとすると、さらに各方面から大きな反発を受ける。それも同じ職場で働く仲間や、かつて同じ釜のメシを食った先輩たちからの反発が一番強い。
そういう人たちは当事者意識がなく、マスコミにペラペラと現経営陣の悪口を喋るので、状況はさらに悪くなる。これは経営者にとって、ものすごいストレスだ。だから、それに耐えきれなくて情緒的直感に逃げてしまう。都合の悪い現実には目をつぶって、みんなでこの苦難を乗り越えよう、頑張っていればいずれ事態は好転する、と考える。そうすれば誰もリストラせずにすみ、仲間から非難されることもない。論理を突き詰めるより、いきなり情緒的直感に飛び込んでしまった方が、精神的にははるかに楽なのだ。
それでどうしようもなくなって、会社が倒産してしまう。死なばもろとも、一億玉砕、の世界である。一時的には楽かもしれないが、情緒的直感で会社を本当に倒産させてしまったら、後々非常に大変なことになる。論理的判断のストレスに耐え抜いて、早めに手を打っていればキズは浅かった、会社をつぶさずにすんだはずだ、という例はいくつもある。恐らく、カネボウやJALも、会社が破綻に至る過程では、情緒的直感に身を委ねていたのだと思う。
理性的で頭のいい人たちが、なぜそうなってしまうのか。最後まで論理に徹する訓練が、できていなかったのではないのだろうか。今回の震災(東日本大震災)で生死を分けた物語、例えば全員が助かった釜石の小学生の話などはその典型だが、危機が近づいているときこそ、冷徹な事実と論理に基づいて判断し行動する能力が問われているのである。冷徹な事実や、人間性の現実を理解すること、それはすなわち、リアリズムの徹底追及である。
合理的思考の前提条件であり、裏返して言えば、現実問題に対処しなければならないマネジメントの世界では、合理的思考を突き詰めることは、結局リアリズムを突き詰めることにつながる。経営の世界はリアルな世界である。人とカネをめぐる生々しいせめぎ合いである。それを、人間を幸福にするツールとして機能させるには、リーダーがリアリズムと合理主義に徹することが、絶対と言っていい必要条件である。繰り返すが、リアリズムと合理主義に立脚しない理想主義や情緒主義によって多くの人間が殺されてきたのが、人類史のリアルなのだ」(97ページ)
綿ははかつて銀行で働いていましたが、融資をしている会社で、経営者の方が合理的な判断ではなく、情緒的直感で判断をしていたために、悲惨な結果となった例を、いくつも見てきました。また、私自身が勤務していた銀行も経営破綻しましたが、これも合理的な判断をしなかったことが破綻の原因の大きな部分を占めていると考えています。したがって、冨山さんのご指摘に対しては一言も反論できる部分はないと思っています。
しかしながら、人間は有機的な存在であり、感情で動いているという面も現実なので、感情ぬきに判断をすることができる人は、極めて少ないと思います。仮に、それができた人がいたとしても、そのような人は、多くの人から「血も涙もない人間」といった悪い評価をされてしまいます。ただ、その批判から逃げて情緒的直感で判断すれば、さらに悪い結果になってしまうということは、冨山さんのご指摘の通りです。したがって、これも冨山さんがご指摘しておられるように、経営者の方は「論理に徹する訓練」が強く求められているのだと思います。
2024/7/30 No.2785