[要旨]
ブランディングコンサルタントの渡部直樹さんによれば、こだわりの強いミッションを掲げている会社では、経営者自身が自らのこだわりに苦しいほど縛られているケースが多いそうです。そのような鎖に縛られた状態では、変化の激しい時代を生き抜くことはできないため、経営者のこだわりは削り落として、コア(核)になる部分だけにする必要があるということです。
[本文]
今回も、ブランディングコンサルタントの渡部直樹さんのご著書、「愛され続ける会社から学ぶ応援ブランディング」を読んで、私が気づいたことについてご説明したいと思います。前回は、渡部さんによれば、ブランディングには、「意図的」、「一貫性」、「継続性」という、要となる3つのキーワードがあり、もし、これらに反して、「思い付きで発信し、一貫性のある活動を継続できていない」という状態は、どれだけ素晴らしい商品やサービスであっても、ブランディングが成功しないということについて説明しました。
これに続いて、渡部さんは、ブランドの基礎となるミッションに関し、硬いものではなく柔らかいものが望ましいということについて述べておられます。「日本語では、『ビジョン=未来像』と訳されることが多いです。ミッションが目的だとすると、ビジョンは『目標』と言い換えることができます。そして、いまいる場所からミッションやビジョンにたどり着くまでには距離があります。
その距離を縮めていくために必要なのがバリューです。バリューは、どのようにすれば、ミッションの実現やビジョンに到達するのかという『HOW』を言葉にしたもの。日本語では『価値観』と訳されます。この中で、唯一、経営者にしか言語化できないものがあります。それは、ブランドづくりの目的とも言えるミッションです。ミッションは経営者の過去の経験や体験から生まれるため、多くは経営者が自身の『こだわり』をミッションにされることが多いのです。
ここでひとつ質問させてください。『仮にこだわりが物体だったとしたら、それらは柔らかそうでしょうか?それとも硬そうでしょうか?』同じ質問をセミナーや研修ですると、ほぼ100%と言っていいほど、『こだわりは硬そう』という答えが返ってきます。そう、こだわりは硬いのです。ゆえに、ブランドから柔軟性を奪い、そのこだわり以外を排除する傾向が強まります。私は、これまで様々なブランドのミッションに触れてきました。
こだわりの強いミッションを掲げている経営者には共感する部分も多いのですが、実際に社内へ入ってお話を伺っていると、そこで働く従業員だけでなく、経営者自身が自らのこだわりに苦しいほど縛られているケースが多いのです。そのような鎖に縛られた状態では、変化の激しい時代を生き抜くことはできません。そのため、経営者のこだわりは削り落として、削り落として、削り落として、コア(核)になる部分だけにする必要があります。
『あなたが仕事を通じて、たったひとつしか成し遂げられないとしたら、それは何でしょうか?』それを明確にし、それ以外は変える余地を残しておくのが私の蚊が得るミッションのイメージです。方向性さえわかれば抽象的でいいのです。いえ、抽象的な方がいいのです。こだわり過ぎると、自分たちのブランドを縛る鎖になってしまいます。ミッションは自分たちを縛る鎖ではなく、『ブランドを飛躍させる翼』でなくてはならないのです」(131ページ)
この渡部さんのご指摘は、ブランディングだけでなく、自社の事業領域(ドメイン)の選定方法にもあてはまると、私は考えています。すなわち、経営者の方の「こだわり」が硬いと、ブランディング活動だけでなく、事業領域も縛られ、自社を窮地に立たせることにもなりかねません。このようになってしまうことを、多くの方がご存知のように、マーケティングマイオピア(近視眼的経営)といいます。
マーケティングマイオピアの代表的な事例は、米国のイーストマン・コダック社で、同社は銀塩フィルムの市場に固執したために、デジタルカメラ市場への事業展開の機会を逃し、2012年に経営破綻してしまいました。逆に、マーケティングマイオピアに陥らない会社の事例としては、私は、東日本旅客鉄道(JR東日本)の事例を思い浮かべます。
同社は、経営ビジョンの中で、「会社発足時の運輸と非運輸の売上比率は9:1でしたが、2017年度は7:3でした。今後は、鉄道事業のさらなる進化に加えて、生活サービス、IT・Suicaの収益力を向上させていくことによって、2027年頃には6:4にしていきたいと考えています」と述べています。もし、同社が鉄道会社という「こだわり」を強く持っていたとしたら、非運輸の売上比率を高めようとしなかったでしょう。
しかし、現在は人口減少が進んでおり、鉄道事業だけでは売上が減少し、同社の事業が行き詰ってしまうことは明らかです。このように、「こだわり」を柔らかくすることは、経営環境の変化への対応を行いやすくすることになり、強い会社になることにつながるといえます。
2024/7/12 No.2767