鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

『社長』から『経営者』なるためには…

[要旨]

経営コンサルタントの板坂裕治郎さんによれば、根拠のない自信しかないのに、起業して社長に就く人は少なくないものの、それだけでは「社長」のポジションに就いただけであり、その後、事業に臨みながら学び続けなければ、「経営者」としてのスキルを身に着けることができず、その結果、事業をうまく軌道に乗せることができなくなってしまいかねないということです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、経営コンサルタントの板坂裕治郎さんのご著書、「2000人の崖っぷち経営者を再生させた社長の鬼原則」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、板坂さんによれば、能力がなくても、法務局に登記すれば、誰でも「社長」になることができる一方、「経営者」はきちんとしたマネジメントスキルを備えた人であり、そのためのスキルを学び、身につけなければならないということについて説明しました。

これに続いて、板坂さんは、知人の経営者の方が、「アホ社長」から「経営者」に成長した経緯について述べておられます。「私の知り合いに、ある飲食チェーンで頭角を現し、独立。会社を作り、繁華街に店を出し、社長になったヤツがいる。いい料理人を雇い、『おいしい物を作れば、客は集まる』と信じていた。確かに、オープン直後から、『うまい』と評判になり、客が入った。だが、半年もしたら、評判はがた落ち。料理はうまいが、フロアに出ているアルバイトの質が低かった。客が増えれば増えるほど、店はうまく回らなくなり、クレームの嵐になっていたのだ。

社長は味にこだわったが、接客の質には目がいかなかった。似たような失敗談はいくらでもある。技術に自信のある美容師が独立して、上から目線になって大失敗。トップセールスの営業マンが起業したみのの、培っていたつもりの人脈は前職の看板があってのもので、売上ゼロ……。根拠のない自信に背中を押されて社長になることは悪いことじゃない。だが、『社長』になったから『経営者』になれるわけじゃない。アホ社長から経営者へと成長できるかどうかは、失敗したときの向き合い方にかかっている。

積極の質に目がいっていなかった社長は、自分で店のホールに立ち、アルバイトの教育の仕方を見直して、店をもう一度、軌道に乗せていった。クレームの本質を見極めようとせず、問題のあったアルバイトを辞めさせて、『違うアルバイトを雇うんじゃ』とやっていれば、アホ社長のままじり貧になって、店を畳むことになっていただろう。試験も資格もないからこそ、『社長』は『経営者』になるため、営みながら学ばにゃいかん。その心構えがないヤツの商売は、絶対に長続きしないのだ」(84ページ)

板坂さんがご指摘しておられるように、起業する前は自信にあふれていたのに、起業してみたら、「こんなはずではなかった…」という例は、珍しくありません。これは、「実際に起業してみてからでないと、わからないことも多い」ということです。ですから、板坂さんがご指摘しておられるように、「社長」は「経営者」になるために、起業後も学ぶ姿勢を持たなければなりません。

そして、それが分かっていれば、「自分は起業すれば絶対にうまくいく」と、過信せず、「起業しても、思ったように行かないこともある」、「起業後も、改善しなければならないことも多い」と、あらかじめ、成功しないかもしれないという前提で、準備していくことが大切になると思います。もし、「自分は起業すれば成功する」とだけ考えて起業してしまうと、失敗してしまった後の改善策を取りにくくなります。そして、板坂さんのご指摘で、もうひとつ気づいたことは、板坂さんの知人の方は、接客を改善しなければならないことに気づき、アルバイトの方を教育したということです。これは、簡単なようですが、自信家の人ほど、冷静な対応ができないと、私は感じています。

というのは、私は、板坂さんの事例を読んだとき、ドラッカーが、著書、「プロフェッショナルの条件」に書いていた、クラリネット奏者のエピソードを思い出しました。「指揮者に勧められて、客席から演奏を聴いたクラリネット奏者がいる。そのとき彼は、初めて音楽を聴いた。その後は上手に吹くことを超えて、音楽を創造するようになった。これが成長である。仕事のやり方を変えたのではない。意味を加えたのだった」これは、社長が部下を成長させる方法について、管弦楽の指揮者と楽団員になぞらえて説明したものです。

ただ、起業しようとしている方の中には、未熟なクラリネット奏者のように、「自分はクラリネットを上手に吹ければいい」とだけ考えている人が多いため、起業後に、「こんなはずではなかった」ということになってしまうのだと思います。これは、レストランの例で言えば、味のいい料理をつくれば成功すると考えているということです。しかし、事業として成功するには、きちんと質の高い接客も提供できなければなりません。すなわち、おいしい料理を作るだけでなく、自分の店の利用客が満足してくれるかということを考えて事業に臨まなければなならないということです。こういった取り組みは、ドラッカーのいう「事業の目的は顧客の創造」ということなのだと思います。

2024/5/16 No.2710