鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

人間の固定観念は簡単には消えない

[要旨]

ライフネット生命の元社長の出口治明さんは、同社社長時代に、スマートフォン用の契約ページをつくる必要はないと考えていましたが、実際には、スマートフォン用の契約ページから多くの申し込みが得られました。このように、予断を持つことは失敗につながるので、成功することを最優先にして、どのような戦術をとるかについては、柔軟性をもたせることが大切です。


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ライフネット生命の元社長で、立命館アジア太平洋大学学長の、出口治明さんの、プレジデントオンラインへの寄稿を読みました。この記事で、出口さんは、ダーウィンの進化論をよく理解していないビジネスパーソンは、プロダクトアウトの発想から抜け出すことができず、失敗してしまうということを、ご自身の経験をもとに述べておられます。

ライフネット生命をつくってからも、ダーウィンの進化論を思い出さざるを得ないできごとがありました。2008年にライフネット生命を開業したとき、パソコンで生命保険の申し込みができるサイトはつくったのですが、スマートフォン用のサイトは資料請求ができるようにしておけば十分だろうと考えて、簡易的なものをつくっただけでした。

当時、スマートフォンはまだそれほど一般的ではなく、保険のような高額なものを契約するときにはパソコンを使うに決まっていると考えたからです。役員や株主のなかには、そもそもスマートフォン用の契約ページをつくるなんてお金の無駄遣いだ、と言う人もいました。ところが、やってみたらえらいちがうで、と。スマートフォンからどんどん契約が来たんです。あわててスマートフォン用のサイトをしっかりつくり直すことになりました。ちょっと気を抜くとこうなります。

生命保険の契約をするときは、パソコンを使うだろうと、自分たちで先に出口を決めていたんです。こういうのを、プロダクトアウトと言います。本当にダーウィンを100%理解していたら、スマホ用もパソコン用も同じようにサイトをつくって、どちらの利用者が多いかを見てから次にどうするかを考えればいいと判断するはずです。ところがそんな思考ができなかった。ぼくが愚かだったんです。本を読んでわかったつもりになっていても、人間の固定観念は、簡単には消えないと、改めて思わされたできごとでした」

本旨からそれますが、出口さんは、プロダクトアウトの考え方を否定的に述べておられますが、プロダクトアウトは、必ずしも、否定的にとらえなければならないということではないと、私は考えています。例えば、くしくも、出口さんが見誤った、スマートフォン用の契約ページで使われるiPhoneは、プロダクトアウトの考え方で生み出された製品であり、プロダクトアウトだからといって、必ずしも失敗に結びつくということではありません。

話をもどすと、ダーウィンの進化論の考え方は、すでに、多くのビジネスパーソンの間に浸透しており、事業活動は、経営環境の変化に、常に、対応しなければならないと考えられていると思います。しかし、それが分かっていながら、出口さんのように、プロダクトアウトの発想によって失敗してしまうことは、現実の事業活動におおいて、しばしば、起きているようです。では、私が、なぜ、出口さんのご指摘に関心を持ったのかというと、私がこれまで中小企業の事業改善のお手伝いをしてきた中で感じるのですが、中小企業経営者の方の多くは、事業活動はどのようなものとするのかについて、強いこだわりを持っているということです。

中小企業、すなわち、オーナー会社の場合、自らがリスクを負って事業に臨んでいるわけですから、どういう事業活動を行うのかは、自らの望むものにしたいということは、私も理解できます。ただ、それで成功することもありますが、事業の内容を固定的にしてしまう、すなわち、プロダクトアウトの発想のままでは、その事業が成功するかどうかの優先順位は2番目以下となります。そして、最も優先されることは、経営者が望む通りの事業かどうかということになってしまいます。そのような状態では、事業が必ず失敗するということにまではならないとしても、成功する確率はあまり高くならないのではないでしょうか?

もし、会社の資金面などに余裕があり、成功する確率が高くなくても、チャレンジすることに意義があると考えている場合は別ですが、そうでない場合は、事業の内容は流動的にして、成功することを最優先にした方がよいと、私は考えています。とはいえ、経営者の方の「想い」を抑えすぎると、経営者の方の事業に臨む意欲も下がってしまいます。だから、私は、起業の当初は、成功することを最優先し、事業活動が軌道にのってきてから、徐々に、経営者の「想い」を実践することが望ましいと考えています。

2023/5/25 No.2353