鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

コーチの役割は監督の通訳者

[要旨]

トップは、ついつい、自分の指示を部下が理解できると考えがちですが、立場や経験などの違いから、必ずしも、理解されるとは限りません。したがって、経営者はそのような前提で、部下が理解できる言葉で指示を出すよう努めなければなりません。また、幹部たちは、経営者が理解しにくい指示を出したときは、それをそのまま部下に伝えず、「翻訳」して伝えなければなりません。


[本文]

今回も、前回に引き続き、千葉ロッテマリーンズ監督の、吉井理人さんのご著書、「最高のコーチは、教えない。」を読んで私が気づいたことについて説明したいと思います。前回は、助言することによって、助言を受けた人はそれを理解できたとしても、必ずしもそれを実践できるとは限らないので、人材育成の役割を担う人は、自分の経験に基づいただけの助言は避けるべきであり、助言を受けた人がそれを実践できるような工夫をした上で助言ができるようにしなければならないということを説明しました。

これに続いて、吉井さんは、コーチが「自分ができるから選手もできる」と考えてはいけないということを述べておられます。「2015年、福岡ソフトバンクホークスで投手コーチとしてブルペンを担当した。そのときの監督は工藤公康さん、メインの投手コーチは佐藤義則さんだった。2人とも、現役時代は超一流のピッチャー、レジェンドだ。選手から見れば、どうしても社会的勢力の差が大きくなる。叱責されると委縮し、一気にモチベーションが下がってしまうこともある。

しかも、アドバイスのレベルが選手のレベルを大きく超えてしまうこともしばしばあり、内容が理解できないため、混乱する選手も中にはいた。僕がホークスにいた1年間は、選手たちに『何でも質問に答えるので、参考書代わりに使ってよ』と言った。レジェンドの指導内容を分かりやすく『翻訳』する役割に徹しようと思ったからだ。それでも選手によってはレジェンドに指導されたアドバイスを実行したくない、違うことをやりたいという意見も出てくる。そういうときは、こっそりと『おまえの思うとおりにやっていいよ』と言っていた」(42ページ)

今回の吉井さんの指摘は、前回の記事で紹介した指摘にも似ていますが、上層部の指示は、必ずしも選手に理解されると限らないということです。そこで、指示を出す側が、経験の浅い選手のレベルに下がって指示を出すか、または、コーチのような選手と監督の間にいる人が、監督の指示を「翻訳」しなければならないということです。そして、引用の事例にあるようなコミュニケーションギャップは、ビジネス界においても、頻繁に起きていると思います。特に、経営者は、自分が理解していることは、部下も理解しているという前提で、指示を出してしまいがちです。

だから、吉井さんは、「自分ができるから選手もできる」と考えてはいけないと述べておられるのでしょう。これに対して、経営者の方の中には、部下がもっと経営者の話す言葉を理解できるようにすべきと考える方もいるでしょう。私も、従業員は、経営者の話す内容を理解できるように努力すべきだと思います。でも、会社全体のことを考えれば、従業員は、経営者の言葉を理解するために労力を割くのであれば、それを本来の事業活動のために振り向ける方が効率的だと、私は考えています。

だから、指示を出す経営者が、従業員に理解できる言葉で指示を出すか、または、幹部が経営者の言葉を翻訳する役割を担う必要があると、私は考えています。少なくとも、幹部は、単なる、経営者と従業員の間の伝書鳩にならず、きちんと翻訳者としての役割をはたさなければならないでしょう。また、経営者は、従業員たちに伝わらないことばで指示を出して、それで自分の指示が伝わっていると思い込んでしまえば、事業活動に支障が出ることになるでしょう。

2023/5/11 No.2339