鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

現金商売の盲点

[要旨]

荻野屋さんは現金商売であったことから、日々の資金繰りは維持しやすい状態にありました。そこで経営者は慢心していた面があるようです。しかし、実際には、融資の借り換えにより、少ないキャッシュフローによってようやく資金繰りを維持していた状態が実態のようです。したがって、経営者は、短期的な資金繰りだけでなく、長期的な財務方針にも目を向けることで、健全な財務体質を構築することを目指す必要があります。


[本文]

今回も、前回に引き続き、荻野屋社長の高見澤志和さんのご著書、「諦めない経営『峠の釜めし』荻野屋の135年」を読んで私が気づいたことについてご紹介したいと思います。前回は、荻野屋さんが、銀行から、突然、経営改善計画の提出を求められたことについて、銀行は同社の事業改善活動に不透明なところがあると指摘していたことから、普段より銀行との意思疎通を図ることが重要であるということを説明しました。これに続き、高見澤さんは、自社はどんぶり勘定であったことを認め、それについて後悔したということを述べておられます。

「荻野屋の事業は、現金商売がメインであり、債権回収率も悪くない。そのため、日々の資金繰りに苦しむことはない。あとは、金融機関への金利の支払いと約定返済を行なえば十分だと私は考えていた。実際、金融機関からは荻野屋の資金繰りを含めた財務状況に関しての問題点を指摘されたことは、過去に一度もなかった。私は、総額でいくら借りているのか金額は把握していたし、平均した約定金利は理解していたが、取引金融機関ごとの細かいところまでは把握していなかった。当時の財務部長からも、細かい報告は一切なかった。

ところが、資金繰り計画表も作成しておらず、実際はいくつもの設定された借入金の借り換えを常に行いながら、返せるところから少しずつ返済しているに過ぎなかった。最終的な貸借対照表上の借入金の数字が減少していることだけしか注視しておらず、財務の実務について知らなかったとはいえ、それに満足していた。入社以来、少しずつ借入金は減らしているという認識が驕りを招き、細かい内容まで点検していなかった。先代の時代から財務部門にすべてを任せていた弊害が露呈していたのである。

まずは、そこにメスを入れるべきだった。中小企業の経営者は、決算ごとに利益を上げ、最終的に借入金が減少しているだけで満足してはいけないということを思い知らされた。期中の資金繰り状況や金融機関と契約した約定内容など、細かな点も把握し、財務の詳細を知っておくべきであった。荻野屋が現金商売で成り立っていたため、私も、財務については、『どんぶり勘定』になっていた。そのことを改めて後悔した」(160ページ)

私は、荻野屋さんの取引銀行が、同社に経営改善計画の提出を求めた理由については、高見澤さん自身の分析しか分からないので、銀行側がその分析通りに考えていたかどうかまではわかりません。しかし、高見澤さんも述べておられますが、現金商売の会社の経営者は、遅れずに融資の返済をしてさえいれば、銀行からは問題視されないと考えがちのようです。しかし、高見澤さんが、「実際はいくつもの設定された借入金の借り換えを常に行いながら、返せるところから少しずつ返済しているに過ぎなかった」と述べておられますが、これが銀行が同社の問題点と考えている点だったのかもしれません。

これは、私の想像ですが、荻野屋さんが行っていた長期借入金の借り換えは、融資返済に十分なキャッシュフローが得られないために、既存の借入契約を新たな借入契約に借り換えし、返済期間を長期化することによって、毎月の返済額を減少させるものだったのではないかと思います。このような借り換えを行うことによって、表面的には融資の返済は延滞しないことになりますが、銀行から見れば、荻野屋さんは、当初の契約通りに融資返済ができない会社であり、銀行からの救済的な借り換えによって、少ないキャッシュフローでようやく融資を返済している会社だったのかもしれません。

もし、そうだったとしたら、高見澤さんがこの点に早く気が付いていれば、経営改善計画の提出を求められる前に、何らかの対策を行うことができていたのかもしれません。また、高見澤さんは、「先代の時代から財務部門にすべてを任せていた弊害が露呈していた」と指摘していましたが、このような状態の会社は珍しくないと思います。大企業の財務担当役員は、自社の財務戦略に基づいて積極的な活動を行いますが、いわゆるオーナー会社では、権限はオーナー経営者に集中しているため、財務部門の部門長は、それを自ら希望しているかどうかはともかく、経営者から自立して意思決定をするということは、難しい状況にあります。

ですから、銀行との折衝においては、財務部門の従業員の方は、その場その場での対応に終始することになります。さらに、経営者は、銀行からの借入が続いている間は、銀行とのやりとりは財務部門に任せていれば問題ないと考えてしまいがちであり、銀行側の不信感に気づかないままになってしまうのではないかと、私は考えています。では、荻野屋さんはどうすればよかったのかというと、これはひとつの考え方ですが、私は、高見澤さんが、毎年、中期経営計画を銀行に伝えればよかったのではないかと思います。

そうすれば、中期経営計画に対する銀行の評価をきくことができ、その際、その時点での中期経営計画を達成するための自社の財務状況の問題点を、高見澤さんが把握できたのではないかと思います。現金商売は、日々の資金繰りは維持しやすい面がありますが、長期的にそれを維持できるかどうかの視点での検証が欠けてしまいがちです。オーナー会社では、その点について社長が検証しなければ、誰も検証しません。荻野屋さんの場合、そのような検証が行われず、借入金の借り換えを繰り返してばかりの状態になったので、銀行が不信感を持つようになったのではないかと、私は考えています。

2023/4/15 No.2313