鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

銀行から支援を突然停止さないために…

[要旨]

駅弁の釜飯で有名な荻野屋さんは、東日本大震災の後、突然、融資を受けていた銀行から、経営改善計画の提出を求められ、融資返済についてリスケジュールすることになりました。そうなった原因は、社長の高見澤さんと銀行の間で、会社の評価に関する認識の相違があったことが原因です。そこで、経営者の方は、定期的に銀行を訪問するなどして、銀行の考え方を探るといった対応をとることが必要と考えられます。


[本文]

荻野屋社長の高見澤志和さんのご著書、「諦めない経営『峠の釜めし』荻野屋の135年」を拝読しました。高見澤さんは、2003年にご尊父さまが急逝されたことから、留学中のロンドンから帰国して取締役に就任し、実質的な会社のトップとして経営に携わってきました。その後、2012年に、高見澤さんはご母堂さまから社長を引き継ぎ、名実ともに同社のトップになりました。その頃、同社は東日本大震災の影響で業績が低迷しており、銀行との関係もうまくいっていなかったようです。

東日本大震災後の荻野屋の業績は振るわなかった。資金繰りも徐々に厳しくなっていたのは確かであるが、従業員への給料の支払いや借入金の返済に困るという状況ではなかった。厳しい状況下で、荻野屋は踏ん張っていた。ところが、金融機関から早急に財務体質の改善に努めるよう求められた。改善ができなければ、これ以上の資金援助はできないと告げられた。なぜ急に、金融機関の対応が変わったのか。私には当初、理解できないことだった。震災の影響で、売上は減少していた。そおれは、観光旅行のキャンセルが増えたことなどの外部環境の変化が原因だった。営業地盤の群馬県や長野県は直接的な震災被害が少なかったので、外部環境の悪化は一時的なものだと判断していた。

荻野屋は確かに厳しい環境にはあるが、事業継続には問題ないという認識だった。入社時に荻野屋の財務諸表を見て借入金の多さに驚愕した私は、借入金の返済を優先的に進めていた。荻野屋の売上は現金がメインであり、売掛債権あるものの、確実に回収はできていた。常に現金があるおかげで、仕入れ先への支払いや従業員の給料の支払いに支障はなかった。借入金の額は依然として大きかったが、金利とともに少しずつ返済できていたのである。それにもかかわらず、突然の経営改善計画づくりの厳しい通告である。私の判断とはまったく真逆の見方を金融機関がしていたことに言葉を失った」(156ページ)

この高見澤さんの説明を読むと、突然、経営改善計画書を提出するよう求めてきた銀行は不親切であると感じると思います。しかし、これについては、私は、銀行にも事情があったのではないかと想像しています。別のところで書かれているのですが、荻野屋さんは、融資の返済についてリスケジュールを行い、さらに、支払金利の減免(恐らく融資金利の免除のことと思われます)を受けています。このように、銀行が、自らの収益となる融資金利の受取を免除し、融資元金の回収を優先しているということは、銀行からみて、当時の荻野屋さんへの融資は、回収が相当に難しいと判断していたと考えられます。

そして、その場合、銀行は、荻野屋さんへの融資について、全額(担保で回収できる見込み額を除く)、または、高い割合の金額について、貸倒引当を行う、すなわち、会計上は損失として見込んで費用計上することが一般的です。もちろん、銀行が融資債権について貸倒を見込むことは、自らの損失が増加することになるので、相当の検討を行った上でその判断を行うことになります。ですから、荻野屋さんに「突然、経営改善計画の提出を求める」ことは、単に、気まぐれで行ったとは考えにくいと言えるでしょう。

では、なぜ、銀行は、尾荻野屋さんの融資に対する方針について、もっと早く荻野屋さんに伝えなかったのかというと、これは私の想像ですが、銀行は直接的な表現を使わずに、何らかのサインを高見澤さんに送っていたのかもしれません。もし、そうだったとしたら、高見澤さんが銀行からのサインに気づかなかったということになります。でも、最終的に、経営改善計画の提出を明確に行ったのが突然なことになったのは、銀行としても、荻野屋さんからの融資返済についてリスケジュールを行うことを、ぎりぎりまで躊躇したからではないかと思います。

ただ、これらは私の想像なので、実際はどうだったのかは分かりませんが、少なくとも、銀行が経営改善計画の提出を融資相手に求めることは、気まぐれで行っているわけではないということは間違いないと思います。したがって、自社の業績があまりよくないと考えている会社は、突然、銀行から経営改善計画の提出を求められないようにするためにも、毎月、または、数か月に1度のペースで、銀行担当者と面談するとよいと思います。その際、「貴行の弊社に対する融資方針はどのようなものですか」と聞くことはできないと思うので、自社の過去数か月の業況報告をするだけでも、銀行の反応を見ることができると思います。

少なくとも、定期的な訪問をしている会社に対して、唐突に、経営改善計画の提出をするようなことはせず、何らかの示唆をしてくると思います。また、もうひとつ気を付けるべきこととして、経営者自身は、融資の返済は可能と考えていても、銀行は必ずしもそう考えているとは限らないということです。荻野屋さんは、実際そうだったわけです。別のところに書いてあるのですが、高見澤さんは、慶応大学法学部を卒業した経歴をお持ちであり、在学時には経営学を学んでおられることから、経営に関しては相当に詳しい方です。

それにもかかわらず、結果として、銀行が自社をどう評価しているかは、高見澤さんは分からなかったということになります。これも想像であり、実際に高見澤さんがそう考えていたのかはわかりませんが、一般的に、経営者の方は、自社に対する評価を高めに考えています。ただ、これは、当事者の場合、仕方ない面もあります。だからこそ、部外者の評価との間での乖離が大きくなってしまいます。ですから、自社は銀行からどう評価されているのかということを、冷静に聞くという姿勢が重要です。

2023/4/13 No.2311