[要旨]
衣料メーカーのグンゼは、創業後30年ほど経った1918年に、創業者の波多野鶴吉が急性しましたが、波多野が育てた従業員たちは、レーヨンという強力なライバルの出現に対し、垂直的多角化や差別化戦略という、当時としては先進的な戦略によって成長を続けます。このように、人材への投資は、会社の安定的な成長のためにはとても重要ということがわかります。
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前回は、フリーライターの桃野泰徳さんが朝日新聞社のWebPageに寄稿した記事をもとに、京都府綾部市に創業したグンゼの黎明期、同社創業者の波多野鶴吉が従業員の教育に注力し、同社の生糸の品質を高めることで、生糸を輸出できるようになり、日本の外貨調達に資することになったということを紹介しました。今回は、この桃野さんの記事から、もうひとつ私が注目した点についてご紹介したいと思います。
その部分を、桃野さんの記事から引用します。「1918年(大正7年)、創業者の波多野は60歳で急逝するのだが、彼が育てた後継の経営陣の優秀さこそが同社の、そして日本の宝だった。昭和初期、米国でレーヨンの生産が盛んになると日本の生糸生産は大打撃を受ける。生糸よりも安価な繊維素材が普及してしまい、経営環境が根底から覆ってしまったのである。
するとこの経営危機にあってグンゼは、大量の在庫と化した生糸をもとに最終製品の製造・販売に進出する決断を下した。生糸を生糸のままで売っていては二束三文で買い叩かれるが、最終製品にまで仕上げてしまえば十分利益が出ると踏んだのである。さらにこの時グンゼは、原材料から自社で手掛けている強みを活かし、最終製品の品質に徹底的にこだわった。令和の今でいうところの高級路線を志向し、安い繊維素材では出せない質感と満足感で、消費者の支持獲得を目指すのである」
当時のグンゼは、レーヨンという強力な競合製品が登場したことで、垂直的多角化を実践します。さらに、「高級路線」という、ポーターの3つの基本戦略の「差別化戦略」を実践しています。しかし、これは100年以上前の日本の会社の話です。当時は、米国でテイラーが科学的管理法を発表したり、メイヨーらによってホーソン実験が行われていた時です。グンゼの先進性を感じます。
そして、そのような戦略を打ち出したのは、桃野さんのご指摘によれば、創業者の波多野鶴吉の教育の賜ということです。もちろん、この人材の教育は、一朝一夕では効果は得られないものです。さらに、スピードが重視される現在は敬遠されがちな手法です。でも、その一方で、現在は高い競争力がなければ競争に勝てなくなりつつある時代なので、そのためには人材投資しか手段は残っていないという面もあります。それでは、このジレンマをどう解決すればよいのでしょうか?ぜひ、みなさんも考えてみてください。
2023/4/10 No.2308