鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

おたく以外にも業者はいくらでもいる

[要旨]

中小企業と取引をする大企業は、中小企業よりも立場が強いので、主人と奴隷の関係になることがあります。しかし、そのような犠牲を強いる会社は、これからは、事業がうまく行くことはないでしょう。むしろ、顧客と同じくらい仕入先や従業員などのステークホルダーを大切にする会社の方が、総合力が発揮でき、競争力の高い事業活動を行なえるようになります。したがって、自社に犠牲を強いる会社との取引は、早めに断つことが賢明と言えます。


[本文]

今回も、中小企業診断士の渡辺信也先生のご著書、「おたく以外にも業者ならいくらでもいるんだよ。…と言われたら-社長が無理と我慢をやめて成功を引き寄せる法則22」を拝読し、私が気づいたことについてご紹介したいと思います。渡辺先生は、同書で、成功を引き寄せた7社の事例をご紹介しておられますが、私は文具店さんの事例が印象深かったので、ご紹介したいと思います。

「萩野文具店の2代目社長である萩野幸太郎さんは、主に、御用聞きとして、大手企業を営業に回っています。(中略)大企業と小さな会社が取引をすると、力関係の強弱がハッキリします。悪く言えば、主人と奴隷、使いっぱしりです。競争も激しいので、価格競争、相見積もりは日常茶飯事です。安く、早く、都合よくご要望に応えることで、お仕事を安定的に受注できる流れになっています。(中略)お客様との接待となれば、支払いするのは当たり前で、発注を約束しておきながら、軽くすっぽかされることもありました。

ひどいときには、泥酔した取引先の担当者に髪の毛をつかまれ、『お前、誰のおかげで商売ができていると思うんだ』とののしられることもありました。しかし、実際その通りで、そのお客様に見放されたら、会社の売上は激減し、商売が成り立たなくなることは確かなことです。(中略)しかし、どうしても、耐えられない出来事が起こりました。『うちのキャンペーン商品を買え、業者なんだから当然だろ』、『俺にもノルマがあるのだから協力しろ』と、露骨に迫ってきました。(中略)

重要顧客からの要求ということで悩みましたが、明らかにこちらが不利な条件で、しかもこれまでも無理難題を押し付けられ、土日出勤や価格の引き下げ要求も強かったこともあり、勇気を出して、お断りしました。そうしたところ、その担当部長は、あからさまに怒り出し、取引中止を言い渡されました。最後の一言は、今でも忘れられません。『おたく以外にもいくらでも業者なんかいるんだぞ』と言い放たれたのです。あまりに衝撃の言葉で固まってしまいました。そして、あっけなく取引は終了しました。

悔しくて、悔しくて、眠れない日々が続きました。(中略)こうしたことを感じつくしたあと、お客様への方針を考え直しました。お客様に対するポリシーを、犠牲ではなく、貢献をしようと方針を変えました。自分たちが敬意を表することができる良いお客様に貢献をして、役に立つ。役に立ったら感謝が返ってくるような、対等な関係性を築いていこうと考え方を変えました。逆に、自分たちを雑に扱うお客様、誇りと尊厳を傷つけるお客様との関係はこちらか願い下げだと、心に決めました。

そうした気持ちを整理できた後、不思議な出来事が起こりました。捨てる神あれば、拾う神あり。同じ規模、いや、それ以上の取引先を紹介いただきました。(中略)しかも、そのお客様は、取引先として大切に扱ってくださり、次々と新規の発注をくださいました。自己犠牲的にお客様を神様扱いするのではなく、対等な立場で、できることをしっかりする、できないことはできない、無理をしない、お互いを尊重するという関係性が築けるお客様だったので、見積書通りの受注ができるようになり、利益率も高くなりました」(61ページ)

私も、フリーランスになったばかりのころに、似た体験をしました。私は経験が浅かったことから、受注を得ることに精一杯で、あまり採算がよくない仕事も引き受けていました。しかし、しばらくして気づいたことは、そのような会社は、なぜ、採算のよくない仕事を私に発注するのかというと、その会社自体に余裕がないし、将来的にも業績を回復させる自信をその会社の経営者が持っていないからだということです。だから、できるだけ、私のような「業者」には採算の合わない仕事を発注するのだと思います。

これについては、外注費などの経費を少なくすることは賢明なことであり、妥当な方針だと考える方もいると思います。しかし、安さばかり追求する会社は、表向きは「経費削減」と言いつつ、それは、本来は、もっと根本的なことへ注力しなければならないのに、それ隠すための方便として使っているのだと思います。というのは、その会社自体も、その会社の顧客から採算のよくな仕事しか得られないのではないかと思います。すなわち、そもそも自社の製品には競争力がなく、価格で訴求するしか方法が残されていないということなのでしょう。

さらに、そのような会社は、早晩、経営が先細る可能性も高いということでしょう。また、現在は、会社単体で競争する時代ではなくなってきています。サプライチェーン全体の総合力で力を発揮しなければ、競争に勝てなくなりつつあります。すなわち、競争力の高い製品をつくり出すには、仕入れ先やその先の仕入れ先からも協力を得る必要があります。それにもかかわらず、自社だけのことしか考えず、「業者たたき」をしていては、そのような会社はますます窮地に立つことになるでしょう。

したがって、萩野さんが苦労して取引していた会社のように、「業者たたき」をする会社に将来性はないので、萩野さんが取引を辞めたという判断は正しかったと言えます。(実際にそうだったわけですが…)もちろん、取引先が減ると、売上や利益が減ることは事実です。でも、採算の悪い取引先と取引を続けることは泥船に乗るようなものであり、また、取引を続けることで自社にもストレスが蓄積するわけですから、そのような労力は、採算の得られる取引先の開拓や、会社の事業の改善のために振り向けることのほうが得策であることに間違いはありません。

とはいえ、取引先を変えるという決断をすることは勇気のいることでもあります。でも、現在は、顧客と同じように「業者」も大切にしない会社は事業もうまくいかなくなっています。ですから、繰り返しになりますが、「業者」に犠牲を強いる会社との取引は、1日でも早く取引を辞めることが賢明いえるでしょう。

2023/4/4 No.2302