鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

日本銀行の自己資本比率は最高で12%

[要旨]

一橋大学の野口名誉教授は、金利上昇によって、日本銀行保有する国債に含み損が発生し、日本銀行債務超過になることを懸念すると述べておられます。しかし、日本銀行は、そもそも、一般の会社と異なり、会計規定で自己資本比率が8%から12%の間になるよう、人為的に調整されることになっています。したがって、日本銀行に対して、債務超過かどうかを議論することは、意味のないことです。


[本文]

前回は、一橋大学の野口名誉教授が、東洋経済オンラインに寄稿した記事に関し、金利上昇局面では、日本銀行保有している国債の含み損に相当する金額が、民間銀行への金利支払として支出されることになるが、金利低下局面では逆のことが起きるので、金利上昇局面の時だけ、それを批判することは妥当ではないということを述べました。今回は、引き続き野口教授の記事に関し、日本銀行の役割ををどうとらえるかということについて述べたいと思います。

野口教授は、「2022年9月末の日銀の純資産は5.0兆円だが、仮に日銀が国債時価で計上しているとすれば、国債評価損が5兆円を超えれば、債務超過になる」と述べておられます。しかし、野口教授のこの指摘は誤っています。というのは、野口教授の指摘している、日本銀行の純資産の額の5.0兆円というのは、日本銀行2022年9月中間期の貸借対照表の純資産の部の金額のようです。

しかし、この純資産の部の5.0兆円の中には、当期剰余金も含まれています。この当期剰余金は、決算日時点では、純資産に計上されていますが、野口教授も言及しているように、事業年度終了後2か月以内に国庫に納められる国庫納付金そのものです。したがって、この当期剰余金は、日本銀行の純資産の額に含めてはならないものです。とはいえ、これは、枝葉の部分の誤りに過ぎません。もっと問題なことは、野口教授が、日本銀行債務超過になることを懸念すべきこととしていることです。確かに、一般の会社が債務超過になることは問題です。

でも、一般の会社と日本銀行では、目的が違うので、両社を同じ考え方で評価することが誤りです。ちなみに、日本銀行の会計規定の第18条第1項では、「各事業年度の自己資本比率が、10%程度となることを目途として、概ね上下2%の範囲となるよう運営する」と規定しています。すなわち、日本銀行自己資本比率は、意図的に、8%~12%の範囲になるように調整されています。一般の会社では、自己資本比率が12%であれば不安定と判断されますが、日本銀行では、規則で自己資本比率が12%以上に高くなることはないのです。

さらに、そもそも、自己資本を厚くするための原資である繰越利益は、日本銀行では繰越すことはせず、国庫に納めているわけです。そして、もうひとつ指摘すると、日本銀行の会計規定第18条第2項では、自己資本比率の算出方法を、「当該事業年度の期末における資本金、法定準備金、特別準備金、貸倒引当金、債券取引損失引当金、及び、外国為替等取引損失引当金の額の合計額を、その期中における日本銀行券の平均発行残高で除して得た比率」と規定しています。分子となる自己資本は、資本金、準備金の他に、引当金を加えています。

この引当金は、負債の部に計上されているものの、内部留保に近い性質なので、純資産としてみなすことは問題ないと思いますが、一方、分母となる額は、負債と自己資本の合計額ではなく、日本銀行券の発行額となっている点が特徴です。日本銀行券とは、言うまでもなく、日本国通貨の紙幣のことですが、日本銀行にとって紙幣は、一般の会社の支払手形に相当するものです。ここで注意すべきことは、日本銀行にとっての負債とは、貸借対照表に記載されている金額ではなく、紙幣の発行額だけだといいうことです。

日本銀行が、なぜ、このような自己資本比率の計算式を使っているのかと言う理由についての説明は割愛しますが、このような方法で自己資本比率を計算し、さらに、利益を繰越すこともなく、また、人為的に一定の比率に調整することになっていることからもわかる通り、日本銀行に対して、債務超過になるか、ならないかということを議論することは、無意味ということが分かると思います。これは、中央銀行の特殊性によるものですが、それにもかかわらず、野口教授は「日本銀行債務超過」を問題視しており、そのこと自体が誤っていると言えます。

2022/12/16 No.2193