鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

手許現金の原資は利益だけではない

[要旨]

手許現金が多い会社に対して、それは利益の多さでもあると誤認し、手許現金に課税すべきと考える方もいるようです。しかし、手許現金は、必ずしも、利益の多さではなく、銀行からの融資などで調達したものも含まれています。こういった、会計実務をあまり理解していないと、誤った前提で批判をしてしまうことになるので、注意が必要です。


[本文]

今回も、前回に引き続き、作家の冷泉彰彦さんが、11月1日に配信したメールマガジンで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、「利益の額=現金の額」と勘違いされることが多いものの、「利益の額≠現金の額」ではないので、手許の現金で設備投資を行い、手許現金残高を減らしても、納税額が減るわけではないということを説明しました。冷泉さんは、さらに、手許現金残高が多いことが、その会社の支払い能力が高いことと勘違いをされる例について述べておられます。

「(内部留保が設備投資に充てられているというのであれば)企業が貯め込んでいる銀行預金に課税するという話もあります。これも誤解があって、企業の貯めているキャッシュは、ビジネスを行って儲かった余計なカネだという決めつけは出来ないのです。例えば、企業の銀行口座を調べていって、毎月、売上を回収して現金が入ってくる一方で、ビジネスのコストや人件費を払っているとします。そして、預金残高の最低ラインを追っていっても、例えば100億円の売上の企業で、50億円はコンスタントに口座に残っていたとします。

そうすると、この50億円は『余ったカネ』と思いがちです。ですが、例えば長期のレンジで考えると、この50億円は、万が一、別のパンデミックが起きた際に、ビジネスが止まっても給与の支払いができるように準備しているカネかもしれません。また、数年後に新しい工場を建設する資金かもしれないのです。そもそもこの50億円が、銀行口座に残高としてあったとしても、そのカネは、株や債券を発行して集めたカネであったり、あるいは、銀行から借りたカネかもしれないのです。

数年後に使う目的があって、そのために株主に増資に応じてもらったり、銀行から借りたカネだとしたら、それを『50億円もあるから、一部を税金として払え』などというのはメチャクチャです。とにかく、会計の初歩知識をすっ飛ばして、『カネがあるなら税金を取ってやれ』とか、『儲かった残りが帳簿にあるなら税金がもっと取れる』というのは、無茶苦茶ですし、企業経営の基礎を無視した暴論だと思います」

冷泉さんがご指摘しておられるように、会社が銀行口座に預金をしていたとしてもそれは、利益の積み重ねで得た資金だけでなく、株主から出資してもらったり、銀行から融資してもらったりして得られた資金も加わっているわけです。したがって、「現金の額=利益の額」と考えてしまうと、融資などによって資金を調達して、手許資金を確保している会社に対して、その会社は儲かっているという、誤った印象を持つことになるのでしょう。また、これも冷泉さんがご指摘しておられますが、現金(預金を含む)を手許に置いておくのは、リスク管理の観点によるものです。

しかし、そういった、会社経営の実務経験がない人は、現金(預金)の額を確保しておく意味を理解していないことから、手許現金(預金)の多い会社に対して、従業員などに還元せずに利益をため込んでいると考えてしまうのでしょう。さらに、冷泉さんのご指摘について説明を加えると、多くの日本の会社は、月末日を決算日にしています。そして、この月末日は、売上金が銀行口座に入金されることが多いので、決算書に示される預金残高は、月末日以外の日と比較して、多めになる傾向があります。

したがって、このような事情を認識せず、単純に、決算書の数値が、その会社の通常の状態と考えてしまうことも、誤った認識を持つことになります。実際には、会社の当座預金口座や普通預金口座など、いわゆる決済用口座は、事業活動にともなって、頻繁に入出金が繰り返されています。したがって、決算書に示されている預金残高も、決算日の翌日以降、数日も経たないうちに、仕入代金支払いや融資の返済などで、大きく減少してしまうことは珍しくありません。

繰り返しになりますが、多くの方は、月末日は、会社の預金口座にたくさんの売上金が入るということは知っていると思いますが、会社の貸借対照表は、会社の通常の状態を示しているのではなく、月末日という特殊な時点の状態を示しているということまで意識してい見ている人は少ないと思います。とはいえ、冷泉さんのこれらのご指摘について理解することは、決して難しいことではありません。ただ、会計的な知識を持たないまま、印象だけで批判をするだけでは、よい結論を得ることができません。ちょっとかっこいい言葉ですが、会計リテラシーを持つ人が増えてもらえれば、不毛な議論はなくなっていくものと、冷泉さんのメールマガジンを読んで感じました。

2022/11/28 No.2175