[要旨]
京セラの稲盛さんは、かつて、ビジネスに成功したとき、多額の税金を納めることになったことから、翌年は、機械を購入し、手許の現金を減らしました。しかし、手元の現金を減らしたからといって、利益が減ったことにはならず、引き続き、多額の税金を納めることになりました。このように、「利益の額=現金の額」と勘違いする方も少なくありませんが、機械を購入して現金を減らすことは、利益を減らすことにはならないということに注意が必要です。
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今回も、前回に引き続き、作家の冷泉彰彦さんが、11月1日に配信したメールマガジンで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、内部留保に課税することは、法人税率を引き上げることと意味が同じでありながら、内部留保に課税すべきという主張が行われるのは、そのような主張をする人たちは、会計に関する知識が浅く、内部留保の意味をよく理解していないからだということを説明しました。これに関し、冷泉さんは、京セラが黎明期の稲盛和夫さんのご経験について書いておられました。
「故人となった今は、まるで、『経営の神様』のように思われている稲盛和夫氏ですが、比較的若い時の自伝で面白いエピソードを述べていました。稲森氏が最初にビジネスに成功した際、税務署がやって来て、利益の多くを法人税として持っていったので、驚いたのだそうです。そこで、2年目には、製造用の機械を多く買って、カネが残らないようにして、利益をゼロに近い数字で申告したそうです。そうしたら、再び税務署がやってきて、1年目よりももっと厳しい口調で怒られたそうです。どういうことかというと、10億円のカネを出して機械を買った場合に、10億円のカネが消えるわけではないのです。
10億のカネは、機械に化けたわけですが、その機械はちゃんと出したカネの分の価値はあるわけです。正確に言うと、10億の現金という財産が、10億の機械という財産に置き換わっただけです。勿論、機械の場合は摩耗したり、技術が時代遅れになったりします。ですから、耐用年数というものがあって、仮に、それが10年だとします。そうすると、10億円を10年で割って、毎年1億円ずつを、『帳簿から減らしていく』ということをします。
カネは最初の年に出ていったのですが、そのカネが置き換わった機械は、1年毎に価値が1億円ずつ減っていく、その分を、毎年、1億円のコストとして記録するし、その分は利益から引いて良いことになっています。帳簿上は、一種の分割払いです。ということで、非常に単純に申し上げるならば、企業が稼いだお金を『内部留保』しているという数字には、そのような機械を購入して、カネが機械に置き換わった後に、毎年価値を減らしているが、その瞬間には、まだ価値が残っている、つまり設備の価値というのも入っているわけです」
アメーバ会計を提唱した稲盛さんも、かつては、会計について部案内で、税務署と遣り合うことがあったというのは、いまとなっては驚きです。この例のように、勘違いされやすいのですが、「利益の額=手許現金の額」ではなく、会計の観点からは、「利益の額≠手許現金の額」です。ですから、かつての稲盛さんがご経験されたように、機械を購入して手許現金を減らしたからと言って、それは、利益が減ったことにはなりません。
また、逆に、「内部留保が過去最高」と聞くと、「日本の大企業は、たくさんの利益を得て、手許にたくさんの現金があるのに、それを出し渋って、従業員にはあまり還元していない」という印象を持ってしまうのでしょう。前回も説明しましたが、内部留保とは、単に、これまでの利益の合計額を示しているだけであって、その過去の利益の積み重ねは、現金として資産に計上されていることもありますが、かつての京セラのように、機械の購入に充てられて、より多くの利益を得るために投資されてれていることもあります。
とはいえ、これは、難解な論理ではなく、簿記を学んでいる方には容易に理解できることで、この記事のように、仰々しく説明するほどのことではありません。しかし、少なくない数の人が、「内部留保に課税すべき」という主張をするのは残念なことです。これは、裏を返せば、会計的な知識がないだけで、大きな勘違いをしてしまうという例のひとつと言えるでしょう。したがって、ビジネスパーソンにとって、会計について知識を深め、会計的なセンスを持つことは、とても重要であるということができます。
2022/11/27 No.2174