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イトーヨーカ堂では、鈴木敏文さんの発案で行った下取りセールが大ヒットしたことがあります。これは、衣類5,000円を買うごとに、古着1着を1,000円で買い取るというものですが、これは、人は得をするよりも損をしたくないという、損失回避性の効果によるものです。
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今回も、前回に引き続き、鈴木敏文さんのご著書、「鈴木敏文のCX(顧客体験)入門」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、セブンイレブンでは、セブンプレミアムゴールドというプライベートブランド商品を開発し、「ごほうび消費」という「コト」を買いたいという消費者のニーズを喚起し、支持を得ているということを説明しました。この「コト」消費について、鈴木さんは、イトーヨーカ堂での成功事例も紹介しています。
「リーマン・ショック後、消費が急落するなかで、私の発案で、イトーヨーカ堂が始めて大ヒットした、『現金下取りセール』という、不況突破企画があります。衣料品のお買い上げ金額の、合計5,000円ごとに、お客様の不要になった衣類を1点1,000円で下取りするという企画です。この現金下取りセールは、理屈上は、『2割引』と同じです。そのため、当初、社内では、『割引きをしても、簡単には売れない状況なのに、割引もせず、下取りをするだけではお客様は反応しないだろう』と疑問視する声があがりました。
これは、売り手側の発想です。しかし、私は、お客様の心理や感覚に目を向けました。いまはモノ余りで、どの家庭もタンスの中は、着なくなった服であふれています。着なくなった服は、客観的に考えれば、価値はありません。でも、捨てると損をするような気がして、自分ではなかなか捨てられない。ただ、下取りであれば、着なくなった古い服に、新たな価値が生まれます。ならば、お金に換えて買い物をしようと思う。
人は、損と得を同じ天秤にかけようとせず、通常は損しても失うものの方が、得して得るものよりも大きく感じてしまう。ただ、現金下取りなら、服を手放す損失の感覚を上回る喜びが得られるので、利用しようと思う。単に、2割引きでは、特に洋服を買おうとは思わない。でも、不要の古い服を下取りに出して、お金に換え、新しい洋服を買うのであれば、自分の選択を納得できるし、消費を正当化できる。それが人間の心理であり、感覚であり、感情です」(40ページ)
鈴木さんは、同書の別のところでも、「人間は、同じ1万円でも、1万円をもらった喜びや満足感より、1万円を失った苦痛や不満足の方を、2~2.5倍、大きく感じる」と、人間の損失回避性について説明しています。ですから、下取りセールの1,000円は、損失回避性の観点からは、消費者は、1,000円以上、得をすると感じられるということです。私は、鈴木さんのこのアイディアについては、コロンブスのたまご的な発想であり、驚くばかりです。
ところで、今から20年以上前のことですが、消費税率が3%から5%に変更されたとき、イトーヨーカ堂では、「消費税分5%還元セール」を実施しています。これも、多くの消費者に支持されたようですが、私は、当時、このセールに疑問を持ちました。というのは、5%分の還元をするなら、最初から値引きをすればいいのに、なぜ、いったん、値引きをせずに販売し、別の払い戻し会場で、提示されたレシートを見て、顧客の買い物した額の5%分の現金を払い戻すのかというものです。
このような、店員から見て手間がかかることを行うように、鈴木さんが指示した理由は、消費税率が上がって損をした気持ちになっている消費者に、消費税相当額の現金を受け取る体験を通して、損を回避できたと感じてもらおうとしたからだということが、今になって理解しました。このような方法を取る方が、2倍以上、得をした気分になれるということです。このような消費者の心理を、経営者が深く理解していることが、セブンイレブンの強さなのでしょう。
2022/11/4 No.2151