鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

顕在化リスクと潜在化リスク

[要旨]

例えば、会社の在庫が多すぎてもリスクがありますが、少なすぎてもリスクがあります。このように、リスクは完全には回避できないものですが、だからといって、経営者の方が、リスクへの備えをしなくてもよいということにはならず、自社の事業方針を明確にし、リスクにどう備えているのかを、銀行などに説明することが大切です。


[本文]

今回も、前回に引き続き、経営共創基盤CEOの冨山和彦さんのご著書、「IGPI流経営分析のリアル・ノウハウ」を読んで、私が気づいたことについてご紹介したいと思います。前回は、財務分析では、会社の過去の業況を分析するにとどまりますが、融資審査などでは、潜在的なリスクまで究明し、将来の業況を見極めることが大切ということを説明しました。冨山さんは、これについて、さらに、リスクをどう評価するかも大切だと述べておられます。「同じ病気でも、潜在的な病理と、顕在化している病理がある。『過ぎたるは及ばざるがごとし』で、例えば、在庫回転率が極端にいい(≒ほとんど在庫をもっていない)場合は、その裏返しで、何らかのリスクが隠れていないかを診ないといけない。

今回の東日本大震災で、在庫回転率が良く手持ち在庫がほとんどなかった企業が、すぐに操業停止に追い込まれたのは、その例である。人間も同じで、健康のために始めたジョギングで、頑張りすぎて心臓が肥大したら、却ってリスクが大きくなるかもしれない。体脂肪率を下げるのは良くても、体脂肪率が極端に低い状態で被災したりすると、たいへんだ。ある程度、脂肪がないと、空腹に耐えられないかもしれない。もともと必要性があって、ある程度の体脂肪率を保つようにできている。かといって、脂肪を蓄えすぎると、別のリスクが増大するので、これも良いこととは言えない」(27ページ)

一般的には「リスクは避けるべきもの」と考えている方も少なくないと思いますが、ビジネスでは、リスクは完全に避けることはできないものです。冨山さんの本の例で説明すると、在庫を減らすことは、在庫を持つことで発生する陳腐化リスクなどを減らすことができます。しかし、それは、同時に、突発的な事象によってサプライチェーンが停止してしまったときは、直ちに事業活動が停止してしまうというリスクも増加させてしまいます。したがって、在庫回転率が高い、もしくは、低いという分析はできても、どちらの状態もリスクがあることになり、その指標だけでは、リスクを回避できているかどうかの結論を出すことはできません。

では、経営者の方は、リスクを避けることができないのだから、リスクに対しての対応はしなくてもよいのかというと、もちろん、そういうことにはなりません。これについては、経営者の方は、銀行などのステークホルダーに対して、アカウンタビリティーを果たすべきだと、私は考えています。例えば、在庫を多く保有している会社は、ある程度の在庫を持つことが、販売先へ迅速な納品を実現するために必要であり、そのことが自社の事業の競争力を高めているといった説明をすることが必要でしょう。

逆に、在庫が少ない会社は、もし、在庫切れが起きた時にはどうするかということについて、BCPを策定し、突発的な事象が起きた時の損失を最小限にできるように備えているということを説明する必要があるでしょう。このような、財務分析では評価できない面について、経営者の方が、リスクへの対処方針を定め、それを実践すること、そしてそれらについて積極的に説明をすることが、銀行などからの自社の評価を高めることになるでしょう。

2022/9/20 No.2106