鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

連帯保証契約解除の理由は財務の透明性

[要旨]

石坂典子さんは、石坂産業の代表取締役に就任したのち、連帯保証契約の解除を銀行に要請した結果、同社の財務面の透明性の高さが評価されて応じてもらえることができました。この透明性は、月次試算表を迅速に作成するなど、適宜、情報開示ができる体制が整っていることで実現できます。


[本文]

今回も、前回に引き続き、石坂産業の社長の石坂典子さんのご著書、「五感経営-産廃会社の娘、逆転を語る」を読んで、私が気づいたことについて述べます。石坂さんは、2002年に代表権のない社長に就任しましたが、2013年に代表取締役に就任しました。それにともない、石坂さんは、数十億円もある銀行融資の連帯保証人になりました。そして、石坂さんは、連帯保証人として融資契約書に署名するたびに、その責任の重さを感じ、苦しんでいたようです。

「ただ、経営者個人に連帯保証を求める日本独特の慣習には、以前から批判があり、特に、私が代表権を得たころには、その気運が高まっていました。日本商工会議所全国銀行協会が中心となって、経営者の連帯保証を外してもいい企業の条件などを示す、『経営者保証に関するギドライン』が発表され、政府もその摘要を後押ししていました。とはいえ、実際に、日ごろからお世話になっている金融機関の皆様に、『私の経営者保証を外してくれませんか』と切り出すのは、なかなか勇気の要ることです。その迷いを断ち切り、交渉を始めたのは、代表権を得て1年以上経った2014年末、金融機関に打診してみました。

『経営者の個人保証についてガイドラインにも出ていますが、実際のところ、どうなんのでしょう。私の場合、外してもらうことはできないのでしょうか?』すると、各行とも、『審査します』と言って、持ち帰ってくれました。そして、早いところでは、4月ころには結果が出て、外してくれるとのことでした。1行が決めると、他行も次々に外す方向に動き、夏には全行が外してくれました。いざ、交渉を始めると、拍子抜けするほどあっさりとしたものでした。この話を、ほかの経営者の方に打ち明けると、『交渉のコツは、何かありますか?』と、尋ねられますが、残念なことに、ほとんど思いつきません。

ただ、ある金融機関の方に、『どうして外してくれたのですか?』と尋ねたとき、その方は、『透明性の高さです』と指摘してくれました。(中略)一体、私たちの会社のどこを見て、金融機関は、『経営の透明性が高い』と判断したのか、私は、直接、尋ねていないので、察するしかありませんが、おそらく社員の姿を見てのことではないかと思います。金融機関の方々が、石坂産業の経営数値を知りたいとき、私が不在でも、社員に尋ねれば、必ずきちっと答え、それぞれの増減の理由もしっかり説明できます」(177ページ)

私は、石坂産業の取引銀行が、同社の財務面での透明性が高いことを評価して、石坂さんの連帯保証契約の解除に応じたたことは間違いないと思いますが、石坂さんは、同社のどういうところが透明なのか、ピンときていないようです。この透明性については、「経営者保証に関するガイドライン」の中に、融資を受ける会社に求める努力のひとつとして言及があります。具体的には、「資産負債の状況(経営者のものを含む)、事業計画や業績見通し及びその進捗状況等に関する対象債権者からの情報開示の要請に対して、正確かつ丁寧に信頼性の高い情報を開示・説明することにより、経営の透明性を確保する」というものです。

とはいえ、この表現では、やや抽象的だと思いますので、具体的に何をすればよいのかというと、最低限、毎月15日までに、前月の月次試算表を銀行に提出することです。本当にこれだけでよいのかという疑問を持つ方も多いと思いますが、これを実践している会社は意外と少なく、中小企業では10%未満だと思います。では、なぜ実践している会社が少ないのかというと、難易度が高いからです。その難易度の高さは、毎月、月次試算表を作成するために必要な労力が多いという面もあるのですが、それよりも、少し大袈裟かもしれませんが、経理事務を、ほぼ、リアルタイムで行わないと、月次試算表を、毎月、翌月の15日までには作成できないという面もあります。

この、ほぼ、リアルタイムの作業ができるようになるには、石坂産業のように、しっかりとしたシステムを導入するなど、体制整備が必要です。さらに、その体制整備には、経理規定などの規則の作成が、事実上、必要です。なぜなら、月次試算表を作らず、年1回の決算だけをする場合(多くの中小企業がこれにあてはまります)、会計年度末、または、それを経過してから、顧問税理などにまとめて、経理処理の妥当性などを判断してもらうことができます。

でも、毎月、試算表を作るには、自ら経理処理の妥当性を判断しなければならなくなるので、(明文化してあるかどうかにかかわらず)その会社の基準が必要になってきます。ここまでの説明からも分かる通り、毎月、試算表を、迅速に作成するには、会社としてのスキルが必要になるので、その成果物である月次試算表も、渋々、消極的に作成している財務諸表よりも、とても優れたものとなります。そして、それは、自ずと透明性の高い財務データになります。

ちなみに、財務面の透明性が高ければ、それだけで連帯保証契約を解除してもらえるのかという疑問をお持ちの方もいると思います。もちろん、それだけでは不足していて、業況がよくない場合、銀行は連帯保証契約の解除には、なかなか応じようとしてはくれないでしょう。でも、結果として、財務面の透明性が高い会社ほど、その会社の業況もよいという傾向があります。この両者の正の相関関係については、改めて説明の必要はないと思います。

2022/9/17 No.2103