[要旨]
石坂産業では、ベテラン社員が退社し、経験の浅い社員が増えた結果、機械の故障が増加しました。そこで、新たに基幹システムを構築し、機械の稼働時間などを管理した結果、機械の管理を容易にしました。このように、情報技術を活用することで、経験の浅い従業員であっても、成熟度の高い活動ができるようにすることができるようになります。
[本文]
今回も、前回に引き続き、石坂産業の社長の石坂典子さんのご著書、「五感経営-産廃会社の娘、逆転を語る」を読んで、私が気づいたことについて述べます。石坂さんが、「お試し社長」に就任した後、4割の従業員の方が、石坂さんの方針に反対し、会社を去りました。その結果、従業員の方の平均年齢は55歳から35歳に若返ったそうですが、それは20年分の技能もなくなった状態を意味することでもあったそうです。
というのも、石坂さんのところに、頻繁に機械の修理の要請が来るようになったそうです。これに対して、石坂さんが、機械が壊れた理由をきいても、従業員の方は、「分かりません」と答えるだけだったそうです。かつて、働いていたベテラン従業員は、勘と経験で、機械がどれくらい老朽化しているか、古くなった場合、どう扱えばいいかを判断して操作していたようですが、経験の浅い従業員たちは、そのような対応ができなかったようです。
「『分かりません』という、若い社員の悲鳴は、『情報がありません』と言い換えることができると気づきました。すなわち、私たちの会社には、社員に情報を提供する仕組みがなかったのであり、これがいちばんの反省すべきポイントだということを理解しました。(中略)そして、2011年、1億円をかけて、新しい情報システムを導入しました。(中略)どうして、そんなにお金がかかったのかといえば、独自のシステムを組んだからです。産廃会社は、大抵、引き受けた産廃の種類や数量などを記録する管理システムを持っています。なぜなら、法律で義務付けられているからであり、(それに応じて)多くのパッケージソフトが出ています。
一方で、中小企業向けの会計ソフトも普及していて、産廃会社は、通常、それらの個別のソフトを組み合わせて使っています。しかし、私は、そういうやり方に物足りなさを感じていました。自社の業務を一気通貫で把握できる、社員にとって使い勝手のいい、自社オリジナルの基幹システムを構築したかったのです。(中略)廃棄物の受け入れ状況に加えて、会計管理や勤怠管理、トラブルの発生状況まで、会社で起きたことのすべてを把握できるシステムを、自前でつくりました。そこまでやらなくては、未経験の新人の、『分かりません』の連呼を、封じ込めることはできない、そんな思いがありました』(162ページ)
情報技術を活用することの利点はたくさんありますが、石坂さんの会社の例では、機械の稼働時間など、従来は、ベテランの従業員が頭の中で管理していたものを、可視化できるようになったことです。こうすることで、ベテランでないとできない仕事が減るので、従業員の育成期間を短縮できる効果が得られることになります。ただ、私が、これまでの中小企業の事業改善のお手伝いをしてきた経験から感じることは、ITリテラシーや情報リテラシーを十分に備えている経営者の方が、意外と少ないということです。
とはいっても、単に、経営者の方が、情報技術を学ばなければならないということではありません。すなわち、情報技術を、どう、経営に活かすかということを理解している人は、あまりいないということです。というのは、事業を改善するには、従業員の方に、早く経験を積んでもらい、習熟度を高めてもらうという方法だけしか考えていない経営者の方が多いようです。むしろ、経営者自身が事業の現場に入り、部下の方には、自分を手本にして成長することだけを求めているように感じます。
しかし、そのような方法は、私は、20世紀の経営手法だと思います。21世紀は、習熟度の浅い従業員ばかりが働いていても、情報技術を活用して、高い成果を得られるようにできる仕組みを構築できるかどうかが、経営者の方に求められていると、私は考えています。すでに、経営に情報技術を活用できるスキルを、経営者が持っていなければ、競争に勝つことができない時代なのです。こういう観点からは、自社の業務を、一気通貫で把握できる基幹システムを、自前で構築した石坂さんの着眼点は、とても優れていると思います。
2022/9/15 No.2101