鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

事業のリスクと財務的安全性は均衡する

[要旨]

成果の見通しにブレがある事業は、会計的にリスクがあると言われますが、そのような事業を営むには、純資産比率を高くするなど、財務的な安全性が求められます。しかし、自社の事業のリスクの度合いを理解せず、リスクの高い事業に向かない銀行融資を申し込んでしまうと、融資を断られる可能性が高くなるので、注意が必要です。


[本文]

今回も、早稲田大学ビジネススクールの西山茂教授のご著書、「『専門家』以外の人のための決算書&ファイナンスの教科書」から、私が気づいた点について述べたいと思います。前回は、TACやAmazonなどの、一部の会社は、仕入れた商品が販売されて現金化されるまでの期間を示すCCCがマイナスになっており、そのような会社は経営の自由度が高まることから、一般の会社であっても、CCCがマイナスにできないとしても、それをなるべく短縮することが望ましいということを説明しました。今回は、会社の安全性を示す指標である、負債資本倍率、純資産比率、流動比率について説明します。

まず、負債資本倍率は、会社の有利子負債(銀行などからの融資や、会社が自ら発行する債券である社債)が、純資産の何倍あるかという指標で、計算式は、負債資本倍率=有利子負債÷純資産です。この指標は、低い方が安全性が高いと言えます。次に、純資産比率は、総資産に占める純資産の割合を示す指標です。計算式は、純資産比率=純資産÷総資産×100(%)で、この指標は大きいほど安全性が高いと言えます。最後に、流動比率は、流動資産の流動負債に対する比率で、計算式は、流動比率流動資産÷流動負債×100(%)です。この指標は、100%を超えていれば、その会社は流動負債を確実に返済できる能力があると見ることができ、高いほど安全であると言えます。

そして、西山教授は、ご著書の中で、主にゲームソフトを開発しているミクシィと、主に生活用品などを製造している、P&Gと花王の3つの会社の各比率を示しています。負債資本倍率は、ミクシィ(2019年3月期)、P&G(2018年6月期)、花王(2018年12月期)の順で、0%、59%、14%です。純資産比率は、同じ順で、94%、45%、57%です。流動比率は、同じ順で、1,292%、83%、169%です。これらの指標からは、ミクシィの安全性が高いことがわかります。しかし、事業の内容については、成果の見通しに大きなブレのある(これを、会計的な観点からは、「リスクが高い」と言います)ゲーム事業を営んでいます。一方で、P&Gや花王は、ミクシィと比較して財務的な安全性が低いものの、事業の内容は、一定の需要が見込まれる(リスクが低い)事業を営んでいます。

すなわち、リスクの高い事業を営むには財務的な安全性が必要であり、リスクが低い事業を営む場合は財務的な安全性はあまり高くなくても営むことが可能ということです。このように、リスクの大きさと財務的な安全性はバランスがとれているということです。このことは、極めて当然であり、ほとんどの方は直ちに理解されると思いますが、中小企業経営者の方の中には、ときどき、これを理解していない方がおられます。例えば、いままでになかった新製品を製造する事業を始めようとして、新たに会社を設立し、銀行から融資を受けようとする方は、珍しくありません。

しかし、そのような事業は、需要がある可能性はありますが、製品を開発して販売してみた結果、実際には需要がなかったということも少なくありません。残念ながら、失敗する例の方が多いということが現実です。このような事業は、会計的な観点からリスクが高い事業に分類されるわけですから、そもそも、融資で資金調達をする事業には向いていません。なぜなら、融資の金利は、現在は、数%でしかないので、リスクの高い事業に融資を行うと、採算が得られる見込みが低くなってしまうからです。したがって、いわゆるベンチャー会社などは、主に、ベンチャーキャピタルなどから出資を受け、ミクシィのように、純資産比率を高める必要があります。

しかし、そのような会計上のリスクに関する考え方を理解していない経営者の方は、単に、「製品開発のための資金が足りないので、銀行から融資を受けたい」と考えてしまうのでしょう。よく、銀行から融資を断られたという方の話をきくと、このようなリスクの観点を欠いているために、失敗してしまうということも少なくありません。とはいえ、経営者の方の多くは、自社の事業は必ず成功すると考えているので、「リスクがある」という発想を持つことができないのかもしれません。ただ、そこは、資金調達を成功させるために、自社の事業を客観的に俯瞰してみることが必要だと思います。

2022/5/2 No.1965