鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

コンピテンシートラップと両利きの経営

[要旨]

事業でイノベーションを起こすには、知の探索と知の深化の両方が必要です。しかし、会社は短期的な成果を求めがちであることから、知の探索を怠りがちになり、このことはコンピテンシー・トラップと言われます。そこで、これからの経営者は、両方の活動がバランスよく実践されるよう、両利きの経営を目指すことが大切です。


[本文]

早稲田大学の入山章栄教授の、日経ビジネスへの寄稿を読みました。「イノベーションの源泉の1つは、『知と知の組み合せ』で、たとえば、自社の既存のビジネスモデルという『知』に、他社が別事業で使っていた手法などの『別の知』を組み合わせることで、新しいビジネスモデルや商品・サービスを生み出していくことです。そのため(中略)、企業は、常に、『知の範囲』を広げることが望まれ、これを『知の探索』呼んでいます。そして、そのような活動を通じて生み出された知からは、当然ながら収益を生み出すことが求められます。

そのために企業が一定分野の知を継続して深めることを『知の深化』と呼びます。ところが現実には、目先の収益をあげるには、今業績のあがっている分野の知を『深化』させる方がはるかに効率がよく、他方で『知の探索』は手間やコストがかかるわりに収益には結びつくかどうかが不確実であることが多いものです。したがって、企業には『知の探索』を怠りがちになる傾向が組織の本質として備わっており、このことで知の範囲が狭まり、結果として企業の中長期的なイノベーションが停滞することを、経営学では『コンピテンシー・トラップ」と呼びます」

入山教授によれば、知と知の組み合わせで起こされたイノベーションの例として、トヨタが米国のスーパーマーケットの仕組みを取り入れたジャスト・イン・タイム方式や、ヤマト運輸創業者の小倉昌男氏が、牛丼単品で勝負する吉野家から、同社の個人の宅配だけに絞り込む配送ビジネスの着想を得たことを挙げています。そこで、事業活動が、知の深化と知の探索のどちらかに偏る、すなわち、コンピテンシー・トラップに陥らないよう、適切なバランスをとることが大切ということになります。

それを実現することが、「両利きの経営」と言われていますが、それを実践するためには、「両利きのリーダーシップ」が必要であると、米ハーバード大学のタッシュマン教授らは主張しているそうです。そのリーダーシップについては、ここでは詳しくは言及しませんが、「知の探索」部門と「知の深化」部門の予算対立のバランスは、経営者自身が取ることなどが求められているそうです。そして、私は、入山教授の寄稿を読み、これからの会社経営には、何らかの活動に経営資源などを集中させることよりも、事業を進める上で対立することがらを調整する能力が強く求められつつあるということを改めて感じました。これからの時代の経営者は、牽引者という役割よりも、調整者という役割を担う人ということになっていくのでしょう。

2022/3/7 No.1909

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