[要旨]
経済産業省が株主の権利を強化しようとしていることは、会社の統治を健全にするためのものであり、極めて正しい方針です。しかし、株主の利害と従業員の利害は対立するという、誤った考え方に基づき、株主の権利強化を批判する学者もおり、そのような考え方は正しく改められなければなりません。
[本文]
東洋経済オンラインに、日本銀行OBで、早稲田大学名誉教授の岩村充さんが、「日本企業に株主主権の強化を求めたのは間違い」という主旨の記事を寄稿しておられました。岩村さんは、経済産業省が企業統治に関し、株主の権利を強化しようとしていることについて、「それはコースの定理に基づく考え方だが、株主が投資活動において、自らの利益をより増やしやすくなり、そのことで、従業員の利益がより損なわやすくれる」と批判しています。
この岩村さんの考え方は誤りです。例えば、東芝の株主は、会社法第316条2項に基づいて「総会提出資料調査者」を選任し、その調査者によって作成され、2021年6月に公開された調査報告書は、東芝のガバナンスの問題点と、監督官庁である経済産業省との不健全な関係を指摘しています。
これは、直接的に、株主の権利の強化とは関係ありませんが、同社のガバナンスの問題点は、株主だからこそ明らかにすることができるのであり、逆に、経営者側の力を温存させてしまっていたとすれば、明るみにならなかった可能性があります。結果として、同社は再調査を行い、2021年11月に、「(問題とされた2020年7月の定時株主総会に関し)執行役・取締役に善管注意義務違反があったことは認められないものの、市場が求める企業倫理に反するものと評価せざるを得ない」と、前述の調査者による調査を、事実上、追認しています。
そして、滑稽なことは、株主の権利を強化しようとしていた経済産業省が、株主に圧力をかけるというコンプライアンス上の問題を起こしていたことについて、自ら打ち出した方針により、自らの問題行為が明らかになるという成果が得られたことです。私も、株主がすべてにおいて正しい判断や行動をするとは思いませんが、これまでの日本の会社の中には、ガバナンスに問題のある会社が少なからず見られたことから、株主総会を形骸化させず、きちんとした統治ができるようにしようという、経済産業省の考え方は正しいと、私は考えます。
もうひとつ、村田さんの考え方の誤りは、株主の利益と従業員の利益はトレードオフの関係にあると考えていることです。確かに、会社の中には、従業員を酷使する会社があることは事実です。しかし、これは、株主の意図を反映させている結果なのかというと、そうではありません。職場環境の悪い会社が存在するとすれば、それは経営者のマネジメントスキルの低さが問題なのであり、株主の力を弱めることで解決する問題では決してありません。
株主の利益は従業員の犠牲の上に成り立つという誤った考えをする人は、かつての第一次産業革命の時に起きた、「資本家が労働者から労働力を搾取する」というイメージを持っているのかもしれません。そして、現在も、立場の弱い労働者が、悪い労働環境の中で苦しんでいることもあるということは事実ですが、前述のように、それは株主の力が強くなったからではありません。労働環境が悪い状況で従業員を働かせている会社があるとすれば、現在の株主は、それを望まないでしょう。
例えば、不正検査に関し、内部通報制度が機能していなかった三菱電機について、同社の株主は、そのような状況を望んでいたのかというと、決してそうではないでしょう。同社では、本社や管理者の権限が著しく強く、製造現場の従業員は、不正検査が行われていることを報告しにくい環境にありました。このような会社の不健全な状況の改善を促すためにも、株主総会の機能の形骸化は改善されなければなりません。そして、株主主権の強化を問題と指摘する誤った主張をする人は、直ちに、考え方を改めてもらいたいと思います。
2022/2/20 No.1894