[要旨]
リスク管理を行うことは、直接的に利益に結び付かないことや、時には、利益を得る活動を阻害すると考えられてしまうことから、否定的に考える経営者の方が少なくないようですが、経営環境が複雑化する時代にあっては、重要性が高まっています。
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ジャパネットたかた創業者、高田明さんのご著書、「伝えることから始めよう」を拝読しました。同書は、高田さんの経営者としての自叙伝とも言える著書なのですが、ひとつ、印象に残る内容がありました。それは、平成16年に起きた、同社の情報流出事件に関する、高田さんの反省のことばです。高田さんは、従業員の方は悪いことはしないと信用し、自由に仕事を任せてきたことが裏目に出たと感じたそうです。
そこで、その後は、会社の中に監視カメラをつけたり、従業員の方の事務所への入退室の記録を、きちんと付けるようにしたそうです。このようなことをすると、従業員の方は窮屈に感じてしまうかもしれないけれど、もし、再び情報流出が起きてしてしまえば、会社の事業を続けられなくなる可能性が高くなり、逆に、従業員の方を守ることができなくなると考えたそうです。
だから、従業員の方を信用して自由に働いてもらうことは、外見的にはよく見えますが、経営者としての責任を果たすことにはならないということです。むしろ、外見的には窮屈に思われても、きちんとリスク管理を行うことの方が、従業員の方も恩恵を受けることになります。そして、このことについては、ほとんどの方が理解されると思いますが、多くの中小企業では、リスク管理に関しては、後回しになってしまっていると思います。
また、リスク管理のための活動は、直接、利益を産まないばかりか、時には、仕事の邪魔になると考えてしまう経営者の方もいるようです。でも、長期的に考えれば、リスクが顕在化しないようなしくみをつくっていないと、思わぬところで倒産の危機に至ってしまいます。だからといって、私は、リスク管理だけが重要とは考えていません。利益を産む活動と、リスク管理の両方のバランスをとることが大切です。
ただ、経営環境が複雑化している現在は、かつてよりも、リスク管理が重要性を増していることも事実だと思います。少し性質が変わりますが、昨年、大手生命保険会社で、元営業職員による巨額の金銭詐取事件が起きました。そのようなことが起きた原因について、同社の報告書では、「成績が優秀な営業職員に対して、他の従業員が、強くものを言えなかった」ことを指摘しています。
さらに、私がかつて勤務していた銀行は、多くの不良債権を抱え、最終的に国有化されましたが、そうなった要因には、この保険会社のように、営業部門に強いイニシアティブがあったと感じています。また、不正な手続きで投資用不動産向けの融資を行い、平成30年に行政処分が行われた銀行も、不正な手続きが行われた要因には、営業部門の独走が背景にあったようです。したがって、多くの経営者の方には、高田さんのご経験、不祥事の起きた保険会社や銀行の事例を、他山の石にしていただきたいと、私は考えています。