鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

組織の論理

芥川賞作家の玄侑宗久さんが、ポッドキャ

スト番組で、ある私立大学の運動部の事件

についてお話ししていました。


(ご参考→ https://goo.gl/nurihG


玄侑さんは、その私大の運動部と他大学の

運動部との試合で、監督が部員に対して、

相手の部員に怪我を負わせるよう指示した

ことが疑われていることについて、指示さ

れた部員は“裸になって”その経緯を明ら

かにしたが、一方の監督は“組織の論理”

にしばられて明確な説明を避けている、と

お話されておられました。


この玄侑さんのお話について、“組織”を

専門の対象としている私としては、悲しい

気持ちになりました。


例え方が適切でないかもしれませんが、例

えば、“自動車は交通事故を起こすので、

恐ろしい乗り物だ”と言うことができるか

もしれません。


でも、本当は、自動車が恐ろしいのではな

くて、事故を起こすような未熟な運転者が

批判されるべきでしょう。


これと同様に、前述の私大運動部の監督

も、組織の論理にしばられるから明確な説

明をしていないのではなく、組織のリー

ダー(理事長)が適切な組織運営をしてい

ないから、組織に属している監督が事件の

経緯を明確にすることから逃げていると、

私は考えています。


このことは、多くの方にご理解いただける

とは思いますが、一方で、組織(会社)に

属していると、組織の長(社長)を配慮す

ることは仕方がないと考える方が多いので

はないでしょうか?


でも、これも、組織が悪いのではなく、組

織のリーダーが適切な組織運営を行ってい

ないことが問題であると考えるべきです。


ちなみに、以前にも述べましたが、経営学

の対象は、“組織”(営利組織と非営利組

織の両方)であり、玄侑さんの指摘するよ

うな“組織の論理”は否定しています。


(ご参考→ https://goo.gl/rJJbPM


もし、“組織の論理”が通用すれば、その

組織では特定の人だけが得をするという矛

盾を抱えることになり、早晩、組織が自ら

を維持できなくなります。


今回の記事の結論は、現在の日本では、

“組織の論理”という建前で、単に未熟な

トップをかばうことは仕方がないと考えて

いる人が多いので、その状況は改められな

ければならないということです。


では、どうすればよいのかということにつ

いては割愛しますが、私は、未熟な組織の

トップをなくすことが、経営コンサルタン

トである自分の使命と考えて、日々の活動

に臨んでいます。

 

 

 

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